「経営」の考え方を「現場」に浸透させるには?

「双方向コミュニケーション」という言葉がコミュニケーションを殺す荒川詔四(あらかわ・しょうし)
株式会社ブリヂストン元CEO。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むほか、アメリカの国民的企業ファイアストン買収時には、社長秘書として実務を取り仕切るなど、海外事業に多大な貢献をする。タイ現地法人CEO、ヨーロッパ現地法人CEOを経て、2006年に本社CEOに就任。2008年のリーマンショックなどの危機をくぐりぬけながら、創業以来最大規模の組織改革を敢行したほか、独自のグローバル・マネジメント・システムも導入。一部メディアから「超強気の経営」と称せられるアグレッシブな経営を展開、大きな実績を残した。

 ほんとうですね。それは、「上司―部下」「経営―現場」のコミュニケーションについても言えることですね。経営サイドがしっかり伝えたはずなのに、その通りに理解されないこともよくあります。私の場合は海外の会社に勤めていたこともあり、言語の壁にも苦しみました。経営の考えを現場に浸透させるには、どうすればよいのでしょうか。

荒川 それは、「わかりやすい言葉で伝える」ということに尽きますよね。ごちゃごちゃと難しいことを言っても、現場は忙しいからいちいち理解してられませんよ。ブリヂストンは世界に14万人の従業員がいますから、なおさらです。できるだけシンプルな言葉で伝えるのが鉄則です。

 それから、大事な物事は口頭ではなく、文書で伝えるようにしてきました。こうすると、「別の解釈」が生まれる余地を消すことができるからです。たとえば、経営の「基本方針」も美辞麗句で飾り立てるようなことはせずに、しかもそれを文書にまとめる。そして、英語に翻訳して齟齬がないかをチェック。すべての国籍の社員が一発で理解でき、かつ誤解しようのない共通語である英語の文書をつくって、しつこくしつこく伝えていきました。

 シンプルな言葉で、恥ずかしげもなく(笑)しつこく、しつこくくり返し同じことを伝える。私もこれに尽きると思います。題材は変えないと飽きられますから、ときどきのおもしろいトピックを交えて、とにかく同じメッセージをくり返す。

 20年以上前のことですが、こんなことがありました。関西進出のきっかけをつかむために関西経済同友会のメンバーになっていろいろ活動していたのですが、その幹部をされていたアート引越センターの寺田千代乃さんから「GEのいろいろな事業のリーダーに会わせてもらったけれど、みんな同じことしか言わないですね」と言われてしまいました(笑)。要はみな、「GEバリュー」(GE社員のバイブルとされる行動指針)の話しかしないのです。

 放送事業に携わる社員も、電球の事業に携わる社員も、航空機エンジンの事業に携わる社員も、それぞれが自分の事業の話をしながら、最終的にはGEバリューの話に落ち着く。私自身、在職中は感じなかったのですが、GEを退職してから、焼き肉屋で食事をした後の服にしみこんだ臭いのように、自分の中にGE臭さがしみこんでいるのを感じました(笑)。

荒川 それは、素晴らしいことですよ。「GEバリュー」が単なるお題目で終わるのではなく、実際に実行し続ける風土が社内にあるからこそ、社外の人から見て「みんなが同じことを言っている」ように感じるのでしょう。

 私は、ブリヂストンの社長に就任した際、思い切って企業理念を変えました。創業者が掲げた社是である「最高の品質で社会に貢献」という文言は「使命」として残し、あとは次のように、グッとシンプルな言葉でまとめたんです。


企業理念 The Bridgestone Essence

使命 Mission
最高の品質で社会に貢献 Serving Society with Superior Quality

心構え Foundation
誠実協調 Seijitsu-Kyocho (Integrity and Teamwork)
進取独創 Shinshu-Dokuso (Creative Pioneering)
現物現場 Genbutsu-Genba (Decision-Making Based on Verified, On-Site Observations)
熟慮断行 Jukuryo-Danko (Decisive Action after Thorough Planning)


 この企業理念は、社内で「ブリヂストン語」と呼ばれています。全世界のブリヂストン社員に共通する言語という意味です。「誠実協調」は「Seijitsu-Kyocho」、「進取独創」は「Shinshu-Dokuso」と、外国人の社員にも「ブリヂストン語」として日本語のまま定着させています。

「双方向コミュニケーション」という言葉がコミュニケーションを殺す

 たしかに、たとえば「現場現物」という言葉は日本独特のもので、そのままぴったりこのニュアンスが当てはまる英語はないように思います。こういう意味だよと現地の言葉で説明した上で、日本語をそのまま浸透させるほうが、インパクトがあると思います。

荒川 そう。それでいいんですよね。よく「日本語は曖昧だ」「英語のほうが論理的」なんていわれます。しかし、そこがいいらしいんです。この企業理念は、各国のメンバーに集まってもらって、「英語がいいか?」なんて議論もあったんですが、結局、海外メンバーが「日本語がいい」と言って決まったんです。日本語は一見曖昧だけど、謙虚、そこにある深いニュアンスを共有できると、いろんな局面で応用が可能だ、と。