向上心の強い部下であれば、たとえ仕事スタイルに対する価値観が違っていようと、上司のアドバイスを、

「なるほど、そういうふうに受け止める人がいるのか。であれば、これからは効率だけではなく完成度も重視して書類を作るように心がけよう」

 と肯定的に受け止めることができるものです。

 それを「面倒くさい」「効率が悪い」と切り捨ててしまうことは、向上心の欠如の証とも捉えることができます。自分の価値観にそぐわない相手を「面倒くさい」と一蹴して、自分のやり方を修正していかなければ、その人の成長はそこでストップすることになりがちです。

 このように見てくると、他人のアドバイスや意見に対して、すぐに「面倒くさい」と思ってしまう感受性には、社会人としての成長を妨げる可能性がある、と言えそうです。 

「どんな人が面倒くさいか」で
自分の弱点もわかる

 誰かに対して「あの人は面倒くさいな」と思ってしまう場合、もしかすると、そう感じる自分の感受性のほうに、何か問題や欠陥があるのかもしれない――そう振り返ってみることは、自分自身の性格的特徴について、重要な気づきを与えることもあるようです。

 例えば、いろいろと異議を唱えたがる部下を、

「本当に面倒くさい奴だな」

 と感じている場合、その人の中には、権威主義的で、人の意見に耳を貸さない狭量さが眠っているかもしれません。

 あるいは、何かにつけ、自分の考えと違う意見を言う人に対して、

「なぜあの人はいつも的外れなことを言うんだろう……。面倒くさいな」

 と感じてしまっている場合には、もしかすると、自分のほうに共感性の乏しさや、感受性の違いを受け入れられないという問題が潜んでいるかもしれません。

 または、仕事の効率の悪い人や、ものわかりの悪い人に対して、

「どうしてこんな効率の悪いやり方をするんだよ!?」
「なんでこんな単純なことがわからないんだ!?」

 とイライラしてしまいがちな人は、自分の頭の回転の速さを過信しすぎていて、組織人としてチームを動かしていくために必要な包容力や理解力が欠けているといえるかもしれません。