望ましいインフレ率の数値を明示している中央銀行は世界的に非常に多い。現在、それらの多くは、国民に対する説明の困難さに直面している。石油や食料の価格上昇により、多くの国で実際のインフレ率が望ましい水準を超えてしまっているからである。

 IMF(国際通貨基金)は、6月30日に発表したレポートで、石油や食料の価格上昇が他の品目に波及してしまうセカンドラウンド効果を招かぬよう、金融政策は十分に引き締め的にしておくべきだと各国に推奨している。しかし、セカンドラウンド効果が顕在化しない間は、金融政策は反応しなくてよいとも説明されている。海外要因によるインフレを抑えようとして利上げを行なうと、国内経済が失速する恐れがあるからだ。

 とはいえ、その場合、インフレ率の目標からの逸脱が長期化すると、国民は「その目標に意味はあるのだろうか?」と思い始めるだろう。インフレ目標および金融政策に対する国民の信認をようやく構築してきた国においては、非常に悩ましい局面といえる。

 ECB(欧州中央銀行)は金融政策の信認を守ろうとして7月3日に利上げを決定した。それに対する政治からの風当たりが強くなっている。欧州議会では2人の議員が「エネルギーと食品価格の上昇に特徴づけられるグローバリゼーションの新時代という文脈に沿って、物価安定の定義は検討されるべきだ」と主張する提案の草案を発表した。

 ECBは「物価安定の定義」として、インフレ率が中期的に見て2%を超えないことが必要だと定めている。しかし、上記の議員は、いまや「2%」という上限は低いと見なす。この草案は秋に投票される模様だが、仮に可決されてもECBに対する法的強制力はない。

 おそらくECBは「物価安定の定義」の見直しを拒絶するだろう。今の環境で中長期的に許容できるインフレの上限を引き上げてしまったら、人びとの先行きの物価上昇予想はさらに高まる恐れがある。

 日銀政策委員会は「中長期的な物価安定の理解」における消費者物価(CPI)上昇率の上限は2%だと説明している。夏以降、CPIが2%を超える可能性は十分あるが、最近の白川方明総裁の講演にもあるように、日銀が利上げを行なうことは当面なさそうだ。

 ただし、2年前に決められた日銀の「物価安定の理解」は国民に浸透しているとは言いがたい。その状態でCPIが逸脱してしまうと、「物価安定の理解」への信認を先行き構築していくことが難しくなる恐れもある。日銀も説明の悩ましさに直面する可能性がある。

(東短リサーチ取締役 加藤出)