専門分野を持ち、
「卓越」を求める一筋

 このように、仕事に対する基本姿勢として、「卓越」を求めて専門性を極めようとする姿勢と、組織への「忠誠」を第一に考える姿勢は、同じ一筋でも、まったく異なる言動につながることが多い。では、それぞれの価値観は、どのようにして社会的に認知されるようになったのであろうか。

 まず、「卓越」だが、江戸時代からの職人文化の中で培われ、さらには戦後の企業が競争力を発揮する上で、特定の職人的技能が重要だったからだと考えられる。現在でも、技術者をはじめ、特定領域のスキルを持つ人は貴重だ。したがって、専門性を高める従業員たちに「(領域)一筋はすごい!」と言い続け、その価値観を植え付けることに合理性があったのである。

 そもそも、学習を続けていると必ず、ある一定期間、学習成果が出ずに踊り場で足踏みする「プラトー状態(高原状態)」を迎える。そのたびに一意専心といった体で、逃げずに、努力をし続け、その状態を超える必要がある。しかもそのプラトー状態は一度超えても、また、さらに上のレベルに進むたびに訪れるのである。そこでも逃げずに壁を乗り越えようと努力し続けることはかなりつらい。

 さらには、時代の変化にも対応しなければならない。自分の専門領域が社会や技術の変化にさらされ、質的にも転換しなければならない状況に陥る。そのたびに環境適応を考えながら探究を続けていかなくてはならない。

 最終的にはこうして、蓄積されたトライアル&エラーをもとに養われた直感と身体知を利用し、他者との間に圧倒的な違いを作り出すまでになるのが、領域一筋のありうべき到達点だ。

 社員に、このような厳しい環境にあっても常に卓越性を追究させようと思えば、「一筋はすごい!」と言って評価する姿勢を見せておく必要がある。

組織に対して、
「忠誠」を誓う一筋

 一方、忠誠の場合、同じ会社やグループであれば、仕事が変わろうと勤務場所が変わろうと、その組織一筋何十年ということが評価の対象になる。

 これにも歴史的な背景がある。戦前は給与が上がる可能性を求めて転職するのが当たり前だった。一方で、戦後の高度成長期には労働力の確保が必要で、社員の定着を促すため、終身雇用制度や年功賃金とともに、その組織に定年まで居続けることに意味があるという価値観が醸成されたのである。すなわち、「同じ組織に居続けるのがいい」と言い続けることによって、みんながそれを信じて、「同じ会社一筋」もまた、美徳だと刷り込まれたのである。