夢を見ながらも合理性を忘れない

本郷 僕が思う家康の魅力は、ふたつあるんです。ひとつめは、苦労していること。歴史上の人物を見ていて思うんですけど、苦労している人は優秀なんですよ。家康は、敵対する織田家と今川家の板挟みになって、人質としての幼少期を過ごしています。生まれたときからずっと苦労していた人って、やっぱり伸びるし、すごい人になりますよね。

 もうひとつは、堅実なこと。家康って土木工事が好きなんですけど、お城を作るにしても「美しい城」を求めないんです。実際に江戸城や駿府城を見ていただければわかりますけど、デカいだけで、決して美しくはない。でも彼は、「それでいいのだ」って言うと思う。秀吉みたいに美しい城を建てたりしないし、そもそもそこに重点を置いていないんですね。

八津 なるほど。「合理的」なことを求めているということですか。

本郷 そうじゃないかと思うんですよね。司馬遼太郎先生の小説にも出て来ますが、秀吉は和歌が上手いんです。でも、家康は天皇の前で和歌を詠まないといけないときには、事前に家庭教師に和歌を詠ませてそれをカンニングしていたらしいんですよ。だから家康は、芸術に対するセンスはあまりなかったんでしょうね。

八津 (笑)

本郷 鎧兜にしてもそうですよ。家康の鎧兜は実用本位で、全然カッコよくないんです。関ヶ原の戦いのときに身につけていた兜は、歯朶(しだ)の葉をかたどった前立てがついているものの、それを取ると頭陀袋をかぶってるような貧相な感じなんです(笑)。でも、強度はちゃんとしていて、事前に鉄砲で試し打ちさせて、流れ弾が当たってもはじき返すか確認していたんだとか。

八津 美しさを求める秀吉と、実用性を重視する家康。重要視するところが違うんですね。

本郷 そうなんです。だから、今回のドラマで描かれていた家康像には納得感がありました。だって、治水工事なんて実用性の極みじゃないですか。僕は、ああいう泥臭い漢が好きなんです。ぱっと見地味だし、イケメンたちの話ではないけれど、人間としておもしろい。

八津 最近の女子たちの間では、歴史上の誰だれがイケメンだなんだって言われているわけですけど、もう死んでるよ、って言いたくなりますね(笑)。

本郷 本当ですよね(笑)。たとえば伊達政宗なんて、カッコいいという理由でだいぶ人気ですが、なかなかやばい一面もあるんです。しょっちゅう味方を裏切るんですが、そのたびにふざけた謝罪で許されている。どう考えてもクールの一言では片付けられません。でも、こんなこと言ってると、自分がイケメンじゃないから嫉妬しちゃってとか言われるんですよ(笑)。とはいえ真面目な話、すごい面だけじゃなくて、いろんな面を知ってほしいと思って監修したのが『やばい日本史』なんです。

徳川家康の魅力は「地味なこと」だった!? 家康に学ぶ理想の上司像とは?

誰かのために働くことが仕事の本質。だから大きなコトができる

本郷 『家康、江戸を建てる』では門井慶喜先生の原作の中から、大久保藤五郎と橋本庄三郎の二人を主人公に選ばれていますね。それはどうしてですか?

八津 あの二人を選んだというよりは、今の僕らの社会とこの時代をつなげるものは何か、を考えました。時代劇って、どうしても我々と縁遠い世界に思いがちですが、「水」と「お金」をテーマにすれば、観た人も身近に感じられるんじゃないかと。

本郷 なるほど、確かに現代に重なるところが多かったですね。家康に治水工事をムチャぶりされた大久保藤五郎さんがイキイキと描かれていて、カッコいい奴だなと思いました。しかも、彼自身がすべてをやり終えるわけではなく、後任に引き継いでいく。一人でやり遂げたほうが、物語としてはキレイですが、実際の仕事ではそうはいかない。仕事仲間で信頼関係が芽生えて、相手に託して終わっていく。現代においても、仕事はこうあるべきだなと思いましたね。

八津 藤五郎さんは、とにかく主君の家康に忠実なんですよね。だからどんな命令でも懸命に取り組む。ただ、仕事に打ち込むうち、目線が広がってそれ以外のものも見えてくるんですけど。

本郷 もともと、藤五郎さんは戦場で怪我をして、家康のためにお菓子を作っていた「ずぶの素人」。そんな人に「江戸に水を引いてこい」なんて命じる家康も、なかなかすごい。もちろん、何も技術なんて持っていません。だってちょっと前まで戦場で槍を振り回して戦っていた人なんですから。でも、藤五郎さんのように柔軟に役目を果たす人がいることで、ちゃんと技術を持つ次の世代を作り出せているんです。

八津 ちょうど武士から役人というか、幕府の中心の過渡期だったんですよね。価値観みたいなものの変わり目なんでしょうか。戦での怪我という不運に腐らず、自分の生きる道を見出したところが、藤五郎さんの強さだったのかもしれません。

本郷 藤五郎さんの姿が、仕事というものの本質なのかなと思いますね。上から降りてきた仕事に愚直に取り組むうちに、だんだんそれ以外のものも見えてきて、最終的には世のため人のために貢献していくという。最初は家康のためだったのに、みんなが美味しいお水を飲んでうれしそうにしているとか、そういうことに突き動かされて、どんどん大きな仕事ができるようになるんですね。しかも同じ目的に向かって働いている人たちの輪まで広がっていく。人間、専門外だろうと何だろうと、やろうと思えばできるんだっていう、可能性をすごく教えてもらったような気がします。

八津 そうおっしゃっていただけるとうれしいです。お正月に放送されるドラマなので、今年大変なことがあったり、ツラいことがあったりした人も、このドラマを見て「次の年は登場人物たちのように頑張るぞ」って思ってもらえたらいいですね。

本郷 『やばい日本史』も、偉そうに言うと、同じところを狙っています。とっつきにくかった日本史の偉人を「面白いじゃん!」と思うことで身近に感じて欲しい。そのためのとっかかりとして、面白い絵とか、文章とか、漫画とか、色々用意しています。そのどれかに引っかかってもらって、楽しく歴史を学んでもらえたら嬉しいです。

本郷和人(ほんごう・かずと)
徳川家康の魅力は「地味なこと」だった!? 家康に学ぶ理想の上司像とは?

東京都出身。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。
八津弘幸(やつ・ひろゆき)
徳川家康の魅力は「地味なこと」だった!? 家康に学ぶ理想の上司像とは?

連載漫画の原作で培った構成力とエンターテイメント性をベースに、重厚な人間ドラマをはじめ、「ラプラスの魔女」「水晶の鼓動~殺人分析班」のようなサスペンス、ミステリーといった刑事ドラマ、裁判ドラマなどに専門知識があり、得意とする。「シュガーレス」「ランナウェイ」「RESCUE」のような、男くさいハードボイルドな世界観も得意。また一方では、「1942年のプレイボール」「ガタの国から」「家政夫のミタゾノ」「赤めだか」のような笑って泣ける、心温まる人情ドラマも多数手がけており、得意分野である。
  

NHK正月時代劇「家康、江戸を建てる」

徳川家康の魅力は「地味なこと」だった!? 家康に学ぶ理想の上司像とは?

NHK総合 2019年1月2日(水)3日(木)21:00~22:13(2夜連続)
前編「水を制す」後編「金貨の町」
出演:(前編)佐々木蔵之介、生瀬勝久、優香、千葉雄大、高嶋政伸、松重豊、市村正親 他。(後編)柄本佑、広瀬アリス、林遣都、伊原六花、吹越満、高嶋政伸、吉田鋼太郎、市村正親 他
原作:門井慶喜『家康、江戸を建てる』(祥伝社)
脚本:八津弘幸
https://www.nhk.or.jp/jidaigeki/ieyasu/