窮地に追い込まれた三菱自を
日産が救った経緯

 三菱自動車は、2016年4月に燃費不正問題が発覚し、経営危機に陥った。2000年代前半に再三にわたるリコール隠し問題による経営危機から脱し、再建しつつあったが、一気に窮地に追い込まれた。

 その三菱自の救世主となったのがゴーン日産だった。16年5月に日産と三菱自は電撃的な資本業務提携を発表、同年10月に三菱自は日産から34%の出資を受け入れて日産の傘下入りとなり、12月にはゴーン前会長が三菱自の会長にも就いていた。

 つまり、ゴーン日産主導によって三菱自は再生を進めることになったのだ。ゴーン元会長が日産から送り込んだのがトレーダー・マンCOOであり、山下光彦開発担当副社長だった。

 3社連合の枠組みはルノーの子会社が日産、日産の子会社が三菱自という複雑な資本構成であり、いかに三菱自の役割と存在感を示すかが重要であった。

「三菱自としての方向は、3社連合は不可欠。その中で三菱の存在感を出し相乗効果によって生き残りを懸ける」(益子修会長兼CEO)と、国内市場においては軽自動車を強化し、日産との連携も深化させていった。

 これにより、三菱自は経営再建のV字回復を目指し、この2018年度業績見通しも売上高2兆4000億円、前期比9%増、営業利益1250億円、同14%増、当期利益1100億円、同2%増と「売り上げ、営業利益、販売台数いずれも前年を上回り、再建計画に沿う線を確保することができた」(益子会長)流れにある。

 経営再建によるV字回復を達成し、その後の業績も順調ならば、近い将来、ルノーや日産に対する資本構成の枠組み変更も大きな検討課題となりそうだ。