バーラウンジを思わせるカウンター席に大人たちが憩う。旬の産地物料理が極上の蕎麦屋酒を教えてくれる。夜が更けるほどに「遊山」は隠れ家の輝きを増す。深夜に手挽き十割の「上がり蕎麦」を繰れる希少な店だ。

深夜まで憩える異彩の蕎麦屋
一見客も温かく迎えてくれる

 渋谷から中目黒、祐天寺、そして学芸大学を走る東横線沿線には、いい手打ち蕎麦屋が点在していて、蕎麦通たちが足繁く通っている。そのなかでも、異彩を放っているのが学芸大学駅近くの「石臼手挽き十割 遊山(ゆさん)」だろう。駅からはほんの2,3分も歩けば、その瀟洒な玄関を見ることができる。

17年も前に学芸大学にこんな蕎麦屋が誕生していたとは驚きだ。玄関戸を開けるとスポットライトがカウンターを照らす。もうそこには蕎麦屋酒に浸れる空間が用意されていた。

 店内はカウンター10席のシンプルな造作。スポットライトがカウンターに光を照射している。その光の中で、日本酒の片口や酒猪口、料理皿がぽっと浮かび上がる雰囲気はバーラウンジを思わせ、およそ蕎麦屋とは思えない。

 蕎麦屋だと思って訪れた客は、その雰囲気に一瞬、逡巡するかもしれないが、すぐにこの店の心地よさに馴染んでカウンターに肘を置くことだろう。この店に来る大人たちは酔って大声を上げることも無く、快い会話が交わされている。

夜の部は亭主の上野久雄さんが1人で厨房を切り回す。3年前からは客の要望で昼の部を設けて、3時まで女将の美代子さんが1人で担当する。昼のランチセットで日本酒を楽しむ客も多いという。

「遊山」の開店は1996年。その頃、都内には数える程度の手打ち蕎麦屋しかなかった。

 当時としては、こんなスタイルの店、――深夜まで営業し、しかも酒と美味い料理を味わいながら、締めに手挽きの十割蕎麦を手繰る――、は当時としては画期的だったといえる。

 もちろん、今でも「遊山」のような蕎麦屋は希少で、その人気は衰えを知らない。

「大袈裟な言い方をすると、開店した頃が一番客が来てすごかったですね」と、当時を振り返るのは亭主の上野久雄さんだ。そのくらい「遊山」のインパクトは強かったようだ。それこそ客たちは隠れ家を発見した子どものように、こっそりと通いだしたに違いない。