バーラウンジを思わせるカウンター席に大人たちが憩う。旬の産地物料理が極上の蕎麦屋酒を教えてくれる。夜が更けるほどに「遊山」は隠れ家の輝きを増す。深夜に手挽き十割の「上がり蕎麦」を繰れる希少な店だ。
深夜まで憩える異彩の蕎麦屋
一見客も温かく迎えてくれる
渋谷から中目黒、祐天寺、そして学芸大学を走る東横線沿線には、いい手打ち蕎麦屋が点在していて、蕎麦通たちが足繁く通っている。そのなかでも、異彩を放っているのが学芸大学駅近くの「石臼手挽き十割 遊山(ゆさん)」だろう。駅からはほんの2,3分も歩けば、その瀟洒な玄関を見ることができる。
店内はカウンター10席のシンプルな造作。スポットライトがカウンターに光を照射している。その光の中で、日本酒の片口や酒猪口、料理皿がぽっと浮かび上がる雰囲気はバーラウンジを思わせ、およそ蕎麦屋とは思えない。
蕎麦屋だと思って訪れた客は、その雰囲気に一瞬、逡巡するかもしれないが、すぐにこの店の心地よさに馴染んでカウンターに肘を置くことだろう。この店に来る大人たちは酔って大声を上げることも無く、快い会話が交わされている。
「遊山」の開店は1996年。その頃、都内には数える程度の手打ち蕎麦屋しかなかった。
当時としては、こんなスタイルの店、――深夜まで営業し、しかも酒と美味い料理を味わいながら、締めに手挽きの十割蕎麦を手繰る――、は当時としては画期的だったといえる。
もちろん、今でも「遊山」のような蕎麦屋は希少で、その人気は衰えを知らない。
「大袈裟な言い方をすると、開店した頃が一番客が来てすごかったですね」と、当時を振り返るのは亭主の上野久雄さんだ。そのくらい「遊山」のインパクトは強かったようだ。それこそ客たちは隠れ家を発見した子どものように、こっそりと通いだしたに違いない。