川本氏と雨宮氏。二人は思惑こそ違えども、伊東体制にノーを突きつけた。

 研究所出身の川本氏からすると、伊東氏の統率なき拡大路線ではホンダが危ういと思ったのではないか。一方、営業出身の雨宮氏は、「いつか営業の傀儡政権をつくろうと思っているだろうが、伊東さんは思ったほど言うことを聞かなかったのだろう」(ホンダ社員)との声が上がる。

 また、川本氏が伊東氏に進退を迫る理由として、社長就任時に川本氏による強力な後押しがあったことが挙げられる。後ろ盾を失えば、権力の中枢にはいられないのである。

 研究所の弱体化と、営業部門の発言力の強化――。「本田宗一郎の本田技研」と「藤澤武夫の藤澤商会」と表現されるように、古くからホンダ社内には、研究所vs営業の緊張関係があったと言っていい。

 近年はその対立軸が複雑化しており、かつ、OBまで介入してきている。正しく、ホンダの歴史は社内抗争の歴史である。

ホンダには藤澤がいない

 伊東氏にノーを突き付けたOB2人からすれば、次の社長が、「自己主張が強くガツガツしている」「負けず嫌い」という伊東氏と共通点のある松本氏であるわけにはいかなかったのだろう。そこで白羽の矢が立ったのが、生粋の技術者であり、御しやすい八郷社長だった。

 ややこしいことに、八郷体制になってから社内の権力構造はさらに複雑化している。非・研究所出身者のパワーが強くなっているという意味では「文民統治」が加速しているということなのだが、単純に、研究所vs営業という構図にはなっていない。

 ここ数年で派閥の勢力を拡大させているのが、中国グループだ。倉石誠司副社長を筆頭に、水野泰秀常務執行役員、鈴木麻子執行役員などが中核だ。中国の重要ポストの経験者たちが続々と青山本社の経営上層部へ昇格している。

 かつてのアメホンが人材の宝庫だったように、成長市場で幹部人材が輩出されるのは当然のことだ。

 また、二輪事業出身の青山真二常務執行役員が北米を担当するなど、相対的には米国のパワーが弱まり、中国・二輪の勢力が拡大している。

研究所も営業も牛耳る管理部門

 ホンダは創業当初から、社長の本田宗一郎氏が技術を、専務の藤澤武夫氏が営業(経営)を受け持ち、二人三脚でホンダを世界的な自動車・バイクメーカーへ成長させた。

 従業員34人の創業時から従業員約22万人の大企業となった今でもなお、その役割分担は踏襲されている。技術系は社長が、営業(経営)は副社長が見るというものだ。

本田宗一郎氏(左)は技術、藤澤武夫氏は営業(経営)と分担し二人三脚でホンダを急成長させた。現在のホンダには藤澤氏がいない

 ただ、企業規模が大きくなるにつれて、いつの間にか“藤澤商会”の系統が「営業・事業系」と「管理系」の二つに分かれていった。

 グローバル化へ一気に舵を切った伊東体制以降は、特に人事、経理、財務、経営企画といった「管理系」が勢力を拡大している。

 技術を見る社長、営業・事業を見る副社長、そして、全社で横断的に進めるプロジェクトは管理系が担当するようになっていった。いまやホンダの重要部門を牛耳っているとも言える。そして、現在の管理系役員トップは11年に執行役員に就任して以降、出世街道をまっしぐらだ。

 例えば、現在ホンダが進めている大リストラも管理系が深く携わっているし、「リクナビ内定辞退率問題」でいわく付きの高額データを購入したのも管理系の本社人事部門だったりする。

 それでも、研究所や営業・事業系のように、「大失敗することがないので責任を取らない。実は、管理系の勢力拡大が停滞するホンダの“がん”なのではないか」という声はホンダ幹部からも上がっている。「研究所vs営業」に潜む文民統治の弊害が露呈しつつある。

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