会計&ファイナンス物語・第3話
Illustration by Hitoha Sumi,Yuuki Nara

危うい財務テクニックで企業再建を手掛けるザイテック社の存在に気付いた物語の主人公・真弓たちだが、決定打を出せずにいた。ところが、特集『会計&ファイナンス』の物語・第3話で事態はキャッシュ重視経営やのれん代といった財務中級用語と絡み、一気に進展していくのだった。

「週刊ダイヤモンド」2020年2月29日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの

>>物語・第1話『決算書を理解せよ!新米の女性経済記者が命じられた初仕事』から読む

>>物語・第2話『粉飾決算の兆候を見抜け!疑惑の先行計上と循環取引』から読む

次の取材対象は企業買収を繰り返す
ファンドのような会社

 ファストバーガーでは失敗してしまった。そして、粉飾ばかり探し続けるのも意味がなさそうだ。では、どんな企業にフォーカスすればいいのだろうか。真弓は次の取材対象に悩んでいた。しかし、ネタは向こうから転がり込んできた。

 亜細亜テックグループ(ATG)という企業の広報が「会長がぜひ、猿田さんにインタビューをお願いしたいと言っている」と真弓に取材の依頼をしてきたのだ。

 カリスマ的な剛田宏(ごうだ・ひろし)会長が率いるATGは、もともと亜細亜精密という名前で小型コンデンサーの製造が祖業だ。

 ところが、剛田が創業一族である妻と結婚し、亜細亜精密の会長に就任して数年たつと突如変化が表れ始めた。名前をATGに変え、中小・中堅の製造業企業の買収を繰り返し、今や傘下に多数の企業を抱えている。近年は製造業以外の企業を買収するようになり「もはや、買収ファンドのようだ」ともいわれている。

 ATGのスキームは少し変わっていた。同社自体は非上場企業だが、低金利な環境を生かして銀行などから多額の資金を調達し、上場・非上場問わず企業の買収を繰り返している。

 そして、買収した企業を素早く優良企業に変える剛田の買収手法は「連戦連勝」とメディアでもてはやされ、売上高が3000億円を超えたATG本体の上場も、近々予定されているという。

 剛田の経歴は異色だった。難関私立大学に入学したものの演劇サークルに入り浸り、卒業後はそのまま長い間舞台俳優をしていた。俳優としては芽が出なかったが、ルックスは他の経営者に比べて抜きんでている。長身で端正な顔つきの「イケメン経営者」として有名になった。

 なにより人々の興味を引いたのが、剛田の一人息子の存在だ。剛田の息子は、5歳のときに難病にかかっていることが発覚したという。体の中に潜むウイルスが神経を侵し、次第に手足に力が入らなくなり、場合によっては死に至ることもあるという。発症は数万人に1人という希少なもので、有効な治療法は確立されていなかった。すでに病気が発覚し5年が経過した今、歩行困難になっていた。

 そこで、剛田は買収した企業の技術を結集し「難病の子供でも再び歩けるような次世代の義足を作る」「手足の動きを支援するようなパワードスーツを完成させる」と、たびたびメディアのインタビューで発言していた。「子供を使ったパフォーマンスだ」と冷ややかに見る向きもあったが、多くの人は美談と受け止めていた。

 こうした本業以外の周辺情報も手伝って、ATGと剛田は、今、最も注目を集めている企業、経営者となった。その剛田から、なぜ自分に声が掛かったのかは不思議だったが、記者として取材してみたいという気持ちの方が断然勝っていた。

「ああ、どうもどうも、今日はよく来てくれました!」

 爽やかな剛田の応対に真弓は安心した。

「あなたのファストバーガーの記事を見て、ぜひお会いしたいと思ったのです。寺田さんとは個人的にも知り合いですので」

 第一声で受けた好印象は、ジェットコースターのように一気に降下した。ファストバーガーの記事はもはや真弓にとって汚点……黒歴史に近い。あの記事を読んで自分を呼んだということは、「経営者の言いたいことをそのまま書いてくれる記者」と認識されているのだろう。

 暗い気持ちのまま、幾つか質問をしていくと、こんなやりとりがあった。

「会長は買収した企業を猛スピードで再生していますが、どのような手法なのでしょうか」

 真弓の質問に剛田は白い歯を見せて答える。

Illustration by Y.N.

「今の日本の企業は、もったいないんですよね。良い製品、良いサービスがあるのに、赤字が続いている。そういう企業が山のようにあるのです。そういう企業はかけ違えたボタンをかけ直せば、一気に改善する。財務のボタンをね。せんえつながら、私にはその種の企業を見抜く動物的な勘があるんでしょうね。そうですねえ。以前、100億円で買収したある上場している部品メーカーの例で説明しましょうか」

 剛田が語ったのはこんなケースだった。その部品メーカー「ロイヤル部品」には技術力はあるが、営業力がなかった。そこで買収前は小手先の弥縫策を続けていたという。

 製造業には「モノを作れば作るほど原価が安くなる」という構造がある。例えば、売価3万円の部品を1万個作る場合、1個にかかる変動費が5000円で固定費が1万円だとすると、1個当たりの利益は1万5000円になる。

 ところが、1個当たりの固定費は生産量で割られるため、作れば作るほど小さくなる。仮に100万個作った場合、1個当たりの固定費は100円になるから、1個当たりの利益は2万4900円になる。

 ここまで極端なケースはないだろうが、これは全部原価計算方式という合法的な計算方法でよく知られたやり方だ。

「もちろん、売れる数は同じなのに、原材料を仕入れて作りまくればどうなるのか。キャッシュに影響が出ますよね。そう、私がいつも最重要に考えるのはキャッシュなんです。とにかく、キャッシュ、キャッシュ、キャッシュです」

 さすが、売れなかったとはいえ元俳優だけあって、抑揚をつけた話し方に引き込まれる。というか、まるで台本通りに演じているかのようだ。剛田にとって、取材は舞台と同じなのかもしれない。

 キャッシュとは、その名の通り、現金のことだ。最近、このキャッシュを重視する経営が増えているということは、真弓も虎の巻を読んで知っていた。財務3表の一つが「キャッシュフロー計算書(CF)」であり、PLとBSからは分からない、現金の動きを表すのだと。

「それで、そんなやり方を改めさせて、キャッシュ・コンバージョン・サイクル、略してCCCという指標を導入して基準を守るようにお願いしています。このCCCの目標はグループ内の製造業の全ての企業に定めています」