顧客志向のアジャイル企画開発で
新たな価値の提供を

 もはや世の中では待ったなしの機運が高まっているにもかかわらず、なぜ日本企業において、なかなかデジタル・トランスフォーメーションが進まないのでしょうか。

 これまで「正解がわかっている」中での意思決定しかしてこなかったため、「確実に正解にたどり着けるよう綿密に検討し、アプローチする」「正解に向かって正しく設計して、正しく実行する」といった従来型のやり方から脱却し切れていない面があるのだと思います。MITメディアラボ所長を務める伊藤穰一さんがおっしゃっていましたが、正解がわからない中では、地図通りに進んでいくのではなく、コンパスを持って、だいたいの方向を探りながら進んでいくことが必要です。IT業界の先端企業、いわゆるデジタル・ディスラプター(破壊的イノベーター)は、顧客から毎日毎時毎秒、フィードバックを受けながら、瞬時にそれを分析し、サービスへ反映させていく。そういったスピード感に太刀打ちしていかなければなりません。

 KDDIはどのような形で企業のデジタル・トランスフォーメーションをサポートしているのでしょうか。

 KDDIのアジャイル開発センターが主軸となって、これまで培ってきたネットワークとクラウド、IoTのノウハウをもとに、お客様の新たなビジネス創出を手助けするソリューションサービスを提供しています。そこでカギとなるのが、アジャイル開発手法の導入です。これには、当社の過去の開発手法への反省が反映されています。

 以前は、企画チームが顧客の要望をそのまま受け取って起案し、要件定義を行って、開発へ回す。開発チームは言われた通りのものをつくる。そして運用へ回す……といった一連の流れが、半年や1年といったスパンで行われていました。ですから、企画チームはなるべく機能を詰め込もうとするし、開発は「本当にこの機能は必要だろうか」と疑問を持ちながらも、その通りに開発する。運用に回して、顧客からの不満や要望が出てきた時に、それを反映させようと思っても、また企画から始めなければなりません。本来、企画と開発、運用の3分野が一体となって、新たなサービスや機能を構築していかなければならないのに、必ずしもそうなり切れていない部分がありました。担当分野でチームが分かれていたものを、少人数の合同チームにまとめ、一緒に一つのゴールを目指すのが、いわゆるアジャイル開発の手法です。これは、究極の顧客志向型の企画開発手法だと考えています。必要最小限のものから実装し、実際にユーザーの使い勝手を確かめながら、改善を重ねていくことによって、顧客にとって本当に価値のあるサービスを提供していくことが可能となるのです。

 実際にアジャイル企画開発によって実装、実現されたサービスとしてはどういったものがありますか。

 たとえば、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の統合サーバー基盤開発があります。それまでのオンプレミス(自社運用・構築)環境をクラウドへ移行し、個々に発注や運用、保守業務を行っていたシステムを統合し、ヘルプデスクを設置して業務システムの運営業務代行とデータ解析を行うことでワークスタイル変革を支援しています。

 また、ちょっと変わり種なのは、小田急電鉄にも採用していただいている「KDDI IoTクラウド 〜トイレ空室管理〜」というサービス。個室のドアにデバイスを取り付け、アプリと連動させて、トイレの空室状況を把握できるというものです。スムーズにトイレの空室を知ることができ、利用状況のデータを分析すれば、混雑時を避けて清掃するようなスケジュールを組むことができるなど、今後のデータ活用の可能性も広がります。

 それから、千葉県市原市の小湊鉄道と共同で、運転席にカメラを取り付け、サーバーと連動させてデータ解析をし、運転手のわき見運転や居眠り運転など危険運転を防ぐ実証実験を行いました。ほかにも、IoT活用による魚の養殖の効率化や、無線技術であるLPWA活用による自動水道検針など、さまざまなサービスや実証実験が始まっています。

 顧客や社会の課題を適切に解決するための手法として、アジャイル開発を採用しているのですね。

 これは日本特有の業界構造なのですが、アメリカではITエンジニアの7割が事業者側にいるのに対し、日本ではその比率は3割に留まり、残りの7割はSIerやITベンダー側に所属しています。そのため、必然的に企業におけるデジタル・トランスフォーメーションは、我々のようなIT事業者が顧客と対話し、顧客自身の強みや課題の本質を理解して、確度を確かめながら、ともに進めていく必要があります。

 そういう意味では、我々自身もこの数年で、大きくデジタル・トランスフォーメーションを成し遂げてきました。その拠点となるアジャイル開発センターは、私が2013年にKDDIへ入社してから立ち上げたものです。最初は5、6人のメンバーを集めて、使われていない会議室を急ごしらえでプロジェクトチームのオフィスにしました。アジャイル開発の手法の一つである「スクラム」を採用し、メンバー全員にスクラムマスターの認定資格研修を受けてもらいました。実際の開発を通して、2週間のサイクルでスプリント(開発)をするやり方を徹底的に身につけました。プロダクトバックログ(優先順位のつけられた要件リスト)を取り、スプリントゴール(実装すべき目標)を設定し、デイリースクラム(毎日同じ時間にメンバーが集まるミーティング)を行って振り返りを行い、フィードバックをもとに次のスプリントへつなげる。そういったサイクルを回していくことで、プロダクトやサービスの価値を高めていくのです。

 これまでとはまったく異なる開発手法でしたから、当初は苦心したのも確かです。けれども、2週間ごとに何らかの形でアウトプットを出すことで圧倒的に開発スピードは早くなり、企画・開発・運用チーム一丸となって開発することで、よりお客様本位のアイデアをクリエイティブに実装することができるようになってきました。「本当の意味でお客様のために仕事ができる」という実感を得ると、メンバーの顔つきが変わってくるんですよ。自律的に動けるチームをつくるだけでなく、それを承認する組織を構築する必要もありました。自嘲的に言えば、当社も「意思決定の遅い大企業」だった部分もあるかもしれません。けれどもそれが大きく変わりつつあるのです。いまでは、アジャイル開発センターもオフショア含めて200人規模の組織となり、さまざまな企業や行政との共創にも取り組んでいます。お客様ご自身にも変革の醍醐味を、ぜひ実感していただきたいのです。