「フェスを持つ」ことは
大きなパワーになる

「おまえもプロモーターだろ。おまえのところはフェスやらないのかよ」と。

 そのときは自分たちで音楽フェスを開催することなんて考えてもいなかったので、「今はまだできないが、いつかは実現したい」とお茶を濁すような返事をしたのを記憶しています。

 それがきっかけで「そうだよな。自分たちはフェスを持っていないな」と考えるようになりました。

 音楽フェスを主催し、プロモーターとしてしっかりと仕事をしているということを示すことができれば、多くのアーティストと信頼関係を築くことができる。フェスに出たいからおまえのところと仕事をするよ、というケースもきっとあるだろう。フェスを持てば、それまで呼ぶことのできなかったアーティストを呼ぶことができる。「フェスを持つ」ことは、プロモーターとして大きなパワーになる――。

 じゃあ、クリエイティブマン設立10周年となる2000年に向けて、ロックフェス開催の構想をちょっと練ってみようかな……と思った。それが全ての始まりです。

――サマソニの初回の会場に富士急ハイランド(山梨県)を選んだのはなぜでしょうか?

 フジロックとは正反対になりますが、とにかくできるだけ都心に近い所でやりたかったのです。

 私は90年代、イギリスのロックフェス「レディング・フェスティバル」によく行っていました。ロンドンのホテルから車やバスを使って1時間程度で行くことができるので、1日目が終了したらロンドンへ戻って、翌日、また参加してということが可能なんです。そのスタイルが自分の中のフェスの楽しみ方として染み付いていたんでしょうね。だから自分も音楽フェスを主催するなら都市型で「通えるフェス」にしたい、そう考えていたのです。

 あと、海外の音楽フェスって、移動遊園地とセットになっていることが多いんですよ。欧米はフェスが多く、陸続きで移動しやすいので、そうした移動遊園地のチームが常に活動しています。

 音楽フェスと遊園地、2つを同時に楽しめる場所を探していて浮かんだ案が、富士急ハイランドだったのです。ただ実際に開催してみると、グリーンデイのライブに1万5000人が殺到したりと、キャパシティーがパンパンになってしまいました。

――確かに1年目はどのステージへ行っても入場規制がかかっていたりと、スタッフもオーディエンスもだいぶ混乱していた記憶があります。

 この先、サマソニを2万人、3万人と大きなレベルにしていくのであれば、別の場所を探さなければならない。初回の開催中にそう思い、終了と同時に翌年の会場探しを始めました。

 そこでたどり着いた案が、千葉マリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム)と幕張メッセ(千葉県)の両方を会場にするというものです。初めは千葉マリンスタジアムだけを会場にするつもりでしたが、現地を訪れると、道の向こうにパッと幕張メッセが目に入ったのです。

 この2つを同時に使用したイベントは過去にあっただろうかと調べてみると、なかったんですね。スタジアムとメッセをお客さんに行き来してもらう、アウトドアとインドアの組み合わせは面白いなと。そこで、両方同時に利用可能な日程を拾い出してもらいました。