特集『コロナは音楽を殺すのか?』(全11回)は、レコード会社、プロモーター、ミュージシャン、作詞家・作曲家、舞台スタッフ等、音楽業界のさまざまなステークホルダーへの取材を基に「有史以来最大規模の危機」に直面する音楽業界の現状に迫る。#09は、音楽産業の配信サービスに深い知見を持つ作家、榎本幹朗氏が緊急寄稿。韓国や中国など、海外の音楽業界の事例を紹介しながら、コロナ後の「ポスト・サブスク」を見据える。「音楽のデフレ化」、そして中国テンセント・ミュージックの売り上げの正体とは?(作家 榎本幹朗)
世界の音楽産業は「黄金時代」の
再来を迎えるはずだった
サブスクとライブの時代が来る、はずだった。
2012年、希代のカリスマ経営者、スティーブ・ジョブズが没した翌年だった。違法ダウンロードに苦しんでいた音楽産業はついにV字回復に向かったが、それは偶然ではない。
音楽のサブスクは意外と歴史が古く、ファイル共有が席巻する2001年に米国から鳴り物入りで始まった。だが、パソコン上のみでしかまともに楽しむことのできない不便さは、ウォークマンの登場以降、外で自由に音楽を聴くことに慣れた人類に受け入れられることはなかった。
iPhoneの登場を機にスマートフォンが普及すると、サブスクは外でも楽しめるようになり、「聴き放題」という新たな音楽生活が成立した。
「コンテンツは無料で済ませたいが、利便性にはお金を払う」というインターネット時代の常識にも合致。もたつく日本を尻目に世界のレコード産業の売り上げは2018年は前年比10%増、2019年には同8%増となった。
加えて、「モノにはお金を使わないが、体験にはお金を払う」というもうひとつの常識とライブビジネスが共鳴すると、かつてレコード産業の売り上げの半分にも満たなかった世界のライブ売り上げは、今やCDやサブスクの売り上げの倍へと成長。世界の音楽産業は第2の黄金時代を迎えた。
無観客ライブのみでは
解決策にならない
しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大すると、音楽産業は利き足を複雑骨折した。各国で緊急事態宣言や都市封鎖が始まった月、ライブ売り上げは「ゼロ」に。無観客ライブに頼らざるを得なくなった。
無観客ライブの配信で約20億円を稼いだ韓国の男性アイドルグループ、BTSは業界で希望の光となり、日本でもサザンオールスターズが6億円超、ジャニーズが数十億円と成功例が生まれた。しかしそれでも世界のライブ売り上げは前年の10分の1になると予想されている。
松葉づえ生活が始まると、動くはずの片足も、実は悲しいほど筋肉がないという事実に音楽産業は直面した。
月額制のサブスクの売り上げから計算すると、1再生当たりの利益は1~2円ほどとなる。この3割弱をAppleやGoogleなどの課金プラットフォーマーが取り、1割強を配信業者が取る。残った6割が著作権団体やレコード会社に支払われ、そこから印税契約に基づいて作詞・作曲者や演者に支払われる。
アーティストに残る売り上げは1再生当たり0.05円にも満たない場合も多い。