みんなが元気になる曲と精度の高いラーメンを
「みんなを元気にしたい」という思いは、飲食店の経営においても同じだと、東野さんは言葉を加える。
「いま、世の中全体が、“人嫌い”になっていて、薄く狭いコミュニケーションで終わってしまうことが多い気がします。パソコンやスマホというハードに支配され、コミュニケーションでの失敗をみんなが恐れすぎている。どうして、人と人がもっと素直に手をつながないのかな?って…その考えの源泉をたどると、母の存在の大きさに気づきます。僕が幼い頃に実家は競売にかけられ、経済的にどん底になってライフラインである水道さえも止まりました。そんな状況でも母の明るい前向きなキャラクターがあって、知人や隣人が僕ら家族にとてもよくしてくれました。いまでもその人たちとの付き合いは続いていて、『人は独りでは生きていけないし、人からもらった気持ちは必ず返さなきゃいけない』って思います。僕は周りのいろいろな人たちに助けられて生きてきました。だから、寂しい思いをしたことはなく、いまは感謝の気持ちばかりです」
二足のわらじで貫きたい生き方は、「正直に人を愛すること」と、東野さんは言う。いまは何の迷いもなく、肩肘を張らず、自分のスタイルを保ちながら、ラーメンと音楽に向き合っている。そして、東野さんの作るスープの一滴に、楽曲のワンフレーズに喜びを覚える人たちが、それぞれの「明日のカタチ」を信じている。
「5年後、10年後も変わらず同じことをやっていたいですね。みんなが元気になるような、心を少し動かして一歩を踏み出すような曲を創る自分でいたいです。ラーメンの方は、味の精度を高めていきます。(だしとなる)鶏の選別、火のコントロール、あくの取り方――「先月と同じ仕込みだけど…あっ、季節が変わったから気圧が変化して、火の入り方が違うんだ」なんて発見が精度を高めていきます。まだまだ、僕にはデータが足りず、真の高みには行き着いていません。毎日の一杯を自信持って出してはいますが、ゴールはもっと高いところにあるので、洗練していく努力を続けていきます。そして、生活がちゃんとできて、みんなとの交流で笑顔になれれば、それで十分。アルバム26枚と歩みを合わせて、店を26年続けるのも目標のひとつです」
※本稿は、現在発売中のインクルージョン&ダイバーシティマガジン「オリイジン2020」の記事「ココロ之ありか/東野純直 ミュージシャンとミスター・コックの二重人生」に連動する、「オリイジン」オリジナル記事です。