世界で最も多く体外受精が行われている日本。費用面はともかく、治療へのハードルは、実は最も低い国だと言っても過言ではない。そして患者のニーズに応えてさえいればよい自由診療とは異なり、税金が投入される保険診療には、当然医学的合理性や公共の利益といった意義が求められる。特集『不妊治療の光と闇』(全8回)の#5では、国民皆保険制度の観点から、不妊治療は保険適用に値するか否かを検証する。(ダイヤモンド編集部 野村聖子)
公費を投じる以上、当事者感情ではなく
そのコストに見合う妥当性の評価が必要
日本産科婦人科学会(日産婦)が10月1日に公表した調査結果によると、2018年に体外受精など高度な不妊治療「生殖補助医療」で生まれた子どもは、5万6979人で過去最高となった。
同年の推定出生数は91万8400人なので、その割合は16人に1人。かつては“試験管ベビー”と呼ばれた体外受精児も、今では決して珍しい存在ではない。
もちろん、不妊治療の成功率は100%ではないので、まだ治療中、もしくは治療を諦めたというケースまで合わせると、この数倍は不妊治療を経験したカップルが存在することになる。
社会保障・人口問題研究所が15年に行った「出生動向基本調査」では、不妊に悩む夫婦の割合は年々増加し、5組に1組が実際に不妊治療や検査を経験していることも分かった。
各種統計から見るに、もはや不妊治療はごく一部の人のためのニッチなものではない。そして、彼らのほとんどが経済的負担を軽減してほしいと、切に望んでいる。
菅内閣が不妊治療の保険適用を主要政策に掲げたのは、純粋に日本の少子化を憂えてのことなのかもしれないが、もし実現できれば、不妊治療の当事者たちは、政権にとっては強固な、そしてある程度のボリュームを持つ支持層となり得るだろう。
しかし、保険適用するということは、その報酬は、国の医療費、つまり税金と健康保険料から賄われるということである。「ニーズが高い」「患者はこんなに困っている」という当事者感情のみでは、その意義は薄い。
なぜなら、そもそもどんな疾患も、その患者にとっては切実なものだからだ。治療費だって安くなればなるほどありがたい。しかし限られた、そして当事者以外からも徴収している公費を投入する以上、不妊治療も他の疾患と同じ土俵において、客観的な指標による評価が必要だ。
自身も不妊治療の経験者であり、少子化対策にも詳しいニッセイ基礎研究所の人口動態シニアリサーチャー、天野馨南子氏は「不妊治療は経済的にも精神的にも人生で最もつらかった経験の一つ」と患者感情をおもんぱかる一方で、「公費は限られた原資。それが投じられる以上、コストに対する効果や社会全体に対する意義を評価するのは当然のこと」と断ずる。
患者感情に寄り添うがまま、全ての治療を保険適用していたら、国の医療費は破綻する。
医学的な合理性、費用対効果や安全性は担保されているか。もしくは、国家の重大問題に対するソリューション、不妊治療で期待されるのは少子化対策だが、このような観点からの妥当性があるかといった点は、十分検討されなければならない。
18年に日本で行われた生殖補助医療件数は約45万件。その件数が維持されたまま保険適用されたと仮定すると、診療報酬(国から医療機関に支払われる医療費)次第だが、年間にかかる医療費が1000億~1500億円前後かかると試算されている。
さて、果たして不妊治療は、その限られた公費を投入するに値するものなのか。