なんらかの理由で、夫婦共に血のつながった子どもを授かることができず、それでも親になることを諦められない場合の光明となるのが、第三者からの精子や卵子の提供だ。海外には、グローバルに精子や卵子を販売する企業が多数あるが、日本への上陸はいまだない。特集『不妊治療の光と闇』(全8回)の#6では、精子・卵子提供が日本でなぜ普及しないのか、その知られざる理由を明らかにする。(ダイヤモンド編集部 野村聖子)
ドナー不足で日本の精子提供が危機
危険な個人間取引に流れる患者も
「安心のイケメン精子。健康で優秀な精子を無料で差し上げます」――。
これは、妊娠を望む女性に精子を提供するとうたうあるサイトのトップページにある文言だ。この下には、年齢、身長、体重、血液型、国立大学卒業という学歴などのプロフィールが並んでいる。
実は今、インターネットやSNSで、精子の個人間取引が横行している。
女性の卵子を体内から取り出すためには、卵巣に針を刺して卵子を吸い出すという外科的な処置が必要となるため、医療機関以外では不可能だ。しかし、男性の精子は自身で採取できる。そのため、個人間でも簡単に取引が可能なのだ。
提供の方法は幾つかあるが、容器に入れて送付されてくるのが一般的なようだ。
ホームページに書かれているプロフィールは真実かどうか確かめようもない。素人が採取した精子なので、中に何が入っているかも定かではない。危険な感染症にかかるリスクもある。
案の定「プロフィールを偽っていた」などのトラブルも少なくないようだが、なぜこのような個人間取引が跋扈しているのか。
精子提供を受けるケースで最も多いのは、男性の射出精液の中に一つも精子が見つからない無精子症のケースである。
日本での精子提供は、慶應義塾大学病院によって70年ほど前から人工授精(精子をチューブで子宮内奥に注入する)でのみ行われており、主に現在は日本産科婦人科学会が、精子提供の実施を認めている施設で行われている。ちなみに、これらの認定施設では精子自体は無償で提供され、人工授精の技術料や手数料のみを支払うシステムとなっている。
しかし、近年これらの認定施設ではドナーの不足が顕著で、慶應義塾大学病院と幾つかの施設は、新規受け付けを停止している状態だ。
そのため、患者が精子提供を望んでも、認定施設では長い待機期間がかかる事態となっている。不妊治療は年齢との勝負。患者はそれほど長くは待てない。そこで、しびれを切らした患者たちの一部が、先ほど述べた精子の個人間取引に流れてしまっている、というわけなのだ。
その一方で、海外に活路を見いだす日本人もいる。欧米では、高齢であったり、夫婦間の不妊治療を数回繰り返しても成功に至らなかったりした場合、早々に第三者からの精子提供や卵子提供を、医療機関側から提案される。そのため、ビジネスとして精子・卵子提供を行っている企業が多数あり、その存在は一般にも広く受け入れられている。
ビジネスなので、もちろん精子は有料だ。「精子や卵子が有償で取引されることに対する是非は別として、事業として行われているだけあって、無償で行っている施設よりも、ドナーの選別や精子・卵子の品質管理などは厳密に行われている傾向がある」(世界の生殖医療に詳しい埼玉医科大学医学部産科・婦人科の石原理教授)という。
国内の認定施設のドナー不足が深刻な中、リスクの高過ぎる個人間取引を利用するよりも、お金は多少かかるが、このような企業から精子提供を受けた方が患者の被るリスクは低いように思える。
しかし「現状の日本では、彼らが本格的にビジネスを展開するのは難しい」(石原教授)という。企業側から見ても、日本は人口のボリュームがある程度ある上、世界一生殖補助医療(体外受精や顕微授精などの高度な不妊治療)が行われており、不妊治療へのニーズは世界有数。市場としてのポテンシャルは十分なはずだ。
国内の認定施設も軒並み規模を縮小している今、なぜ海外の精子バンクは日本に本格上陸してこないのだろうか。