不妊治療の光と闇#8
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子どもができない夫婦の光となってきた不妊治療。しかし、2年前に中国の科学者が人間の受精卵をゲノム編集し、双子をこの世に生み出したことから、長年はらんできた闇は現実のものとなった。特集『不妊治療の光と闇』(全8回)の最終回では、患者のニーズが倫理の壁を崩したことで進歩を遂げてきた生殖医療の未来を予想する。(ダイヤモンド編集部 野村聖子)

生命の設計図を書き換える“神の技術”は
デザイナーベビーを生むのか

 2020年のノーベル化学賞は、エマニュエル・シャルパンティエ氏とジェニファー・ダウドナ氏、2人の女性科学者が受賞した。彼らが開発したのは「ゲノム編集」という技術。

 ゲノムとは生命を構成する細胞の中にある、遺伝子の集合体を指す。遺伝子はそれぞれが違った遺伝情報を持っており、その集合体であるゲノムはいわば「生命の一個体の設計図」だ。

 そしてゲノム編集とは、その生物の設計図を書き換える(遺伝子改変)技術であり、しばしば“神の技術”と形容される。

 現在、ゲノム編集には幾つかの遺伝子改変ツールがあり、シャルパンティエ氏とダウドナ氏が開発した「クリスパー・キャス9」(クリスパー)は、それまでのツールよりも格段にコストが安く、遺伝子改変の速さも向上したことが画期的だった。

 クリスパーの開発によって、ゲノム編集を使ったさまざまな研究が急速に進み、現在は、遺伝子に由来する病気の治療薬など、主に医療分野での活用が期待されている。

 しかしクリスパーは、簡便に扱えるが故の危険性も指摘されてきた。クリスパーは「高校生でも扱える」と、ダウドナ氏が著書で述べており、倫理観が欠如した科学者が安易に利用するのではないかという懸念だ。

 もともとゲノム編集は、現在の技術で可能かどうかは別としても、理論上は容姿を変えたり、知能や身体能力を増強したりすることができる。

 そのため、ゲノム編集と生殖医療が結び付くことによって、自分の思い通りの赤ちゃん、つまり「デザイナーベビー」を得たいという欲望を喚起し得るのではないかということが、生命倫理の専門家の間で議論されてきた。

 ゲノム編集が、毎年ノーベル賞候補に挙げられながら受賞を逃してきた理由がここにある。しかし、医療分野においてクリスパーを使った薬の臨床試験が各国で進んでおり、これまで治療方法がなかった遺伝子疾患の分野でブレークスルーを起こすことは確実だ。

 そこで、満を持して今年受賞の運びとなったわけだが、2年前、中国の科学者がクリスパーと結び付いた生殖医療の闇を一気に顕在化させ、世界を震撼させる事態を引き起こしていた。