20~30年前より子育て支援策が整備されているにもかかわらず、少子化は加速の一途だ。不妊治療のハードルをさらに下げれば解決するのか。特集『不妊治療の光と闇』(全8回)の#7では、慶應義塾大学医学部教授や日本産科婦人科学会理事長などを歴任し、日本の生殖医療の第一人者である吉村泰典氏に、これからの不妊治療の在り方について問うた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 野村聖子)
自由診療を野放しにしたことによるゆがみ
助成制度で患者負担は減らず施設側だけが潤った
――新政権が不妊治療の保険適用を打ち出したことで、患者の期待が高まっています。
20年ほど前、やはり今回のように不妊治療を保険適用できないかという動きになったことがありました。しかし、当時はまだ、生殖補助医療(体外受精や顕微授精などの高度な不妊治療)で生まれる子どもが、100人に1人くらいの頃。不妊治療はまだまだごく一部の人のものという認識だったし、医療財政上の問題もあって実現しませんでした。それで、現在の助成制度(特定不妊治療費助成)を作ることになったという経緯があります。
20年後に再び、保険適用が俎上に載せられ、不妊治療の患者さんたちが抱える悩みに光が当たったのは、喜ばしいことですね。
――特定不妊治療費助成は、所得制限の緩和や助成額、助成回数の引き上げなど、幾度かの拡充を経て今日に至っています。しかし、助成拡充のたびに、施設側が設定する治療費が高額化し、結局は患者の自己負担額は減っていない。だから保険適用で治療の価格を一律にすることが必要だと当事者たちは訴えています。自由診療で施設側の“言い値”だった価格を安くするだけでなく、診療報酬という枠で規制をかけることで、ブラックボックスだった治療内容も適正化されると。
私たちとしては、ずっと患者さんの経済的負担を減らしたいと思い、制度作りをしてきたつもりなのですが、そこがやはり自由診療で行われてきたことで生じた、日本の不妊治療のゆがみなのでしょう。
助成があるから、治療を受ける患者さんも劇的に増えたわけですからね。結果、施設側が潤うだけになってしまったのは、内心じくじたる思いがあります。
日本の不妊治療の中心も、クリニックに移ってしまい、大学で生殖分野の研究はほとんどなくなってしまいました。
産婦人科領域全体で見ても、重労働である周産期分野(分娩を取り扱う分野)の医師が減り、生殖分野(不妊治療を扱う分野)に進む医師が増えました。周産期を1~2年やって、すぐに不妊治療の施設に行ってしまう。
生殖医療を40年以上やってきた身としては、パンドラの箱を開けてしまったなと思いますよ。
自分がやってきたことが、結果としてさまざまなものをゆがめてしまったと。
国も野放しというか、不妊治療に対するスタンスを明確にせず、日本産科婦人科学会に管理を一任してきたわけです。
――保険適用で、ゆがんだ日本の不妊治療は適正化するのでしょうか。
若くても不妊治療をしなければ妊娠が難しい方はいらっしゃいますし、若い患者さんほど経済面がネックで治療を諦めざるを得ないケースも少なくありませんから、保険適用を望むのは十分理解できます。
しかし、日本の診療報酬制度では、保険適用によってかえって患者さんにデメリットが生じる可能性の方が大きいのではないでしょうか。