日本を“低学歴社会”にした責任は
100%企業にある、あるいは社会の構造にある
今、出口氏が懸念しているのは、日本の社会が全体的に低学歴になっていることだ。大学への進学率はOECD(経済協力開発機構)の平均より7ポイントも低く、大学へ行っても勉強せず、大学院生を大事にせず、社会人になったら長時間労働で勉強する時間がない。そうした日本の働き方や社会の仕組みが、日本を低学歴社会にしているのだという。
「なぜそうなったかというと、製造業の工場モデルで戦後復興をやってきたからです。製造業で働く人に求められる特性は5要素あって、偏差値がそこそこ高く、素直で、我慢強く、協調性があって、上司の言うことをよく聞く人です。ところが製造業のウエイトは年々減少して、GDPに占める割合はおよそ20%です。もはやものづくりで国を引っ張れないのは明らかです。主流はサービス業で、アイデア勝負になっている。その5要素を持つ“いい子”を集めて、『面白いアイデアを出せ』と言っても出るはずがありません。これが日本の衰退した一番の原因だと考えています」
大学へ行っても勉強しないのは企業の採用基準に成績が入っていないからで、大学院生を積極的に採用しないのは「なまじ勉強した奴は使いにくい」などという古い考えがあるから。平成の30年間で日本の正社員の労働時間は年約2000時間で全く減少しておらず、高等教育比率は世界でも著しく低くなっている。若者以外は大学で勉強していないのが実情なのだ。
日本を低学歴社会にした責任は100%企業にある、あるいは社会の構造にあると出口氏は強調する。
「経団連などの偉い人たちを見れば一目瞭然で、戦後の製造業の工場モデルで成功体験を積み重ねてきた人たちが、今、日本経済の司令塔になっている。経済をスポーツに例えれば、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代に、野球(製造業)で“世界一”になったことを過信して、いまだに毎日遅くまで素振りをしないと勝てないと思い込んでいる。でも世界はサッカー(サービス産業)の時代になっている。すでに日本の1人あたりのGDP(購買力平価ベース)はG7中最下位で、世界でも33番目。そうしたファクトをしっかり見なければなりません」
物事の本質を見抜き、
探究力や問いを立てる力が重要
さらに出口氏が憂えるのは、日本の若者たちの大企業志向だ。
「大企業というのは今がピークの企業のこと。世界の優秀な学生たちは、伸びゆくベンチャー企業やNPOに行こうとするのに、日本には大企業に入ったら安泰だという幻想がいまだに生き残っている。そもそも終身雇用など崩れているのに。若者たちがリスクを恐れるのは、親たちが“大企業に就職しろ”と話しているからでしょう」と手厳しく親世代を批判する。そもそも日本社会は今後、構造的に労働力不足になっていくのだから、選ばなければ仕事は十分にある。だからこそ、自分が本当にやりたい仕事を選べばいいのだ。
若者が学生時代に学んでほしいのは、世界の見方を磨くことだと出口氏は語る。
人の考えは「人・本・旅」の累積で形成される。いろいろな人に会って話を聞く、いろいろな本を読む、いろいろな場所に行って刺激を受ける。そこでインプットされた個々の知識を、「タテ・ヨコ・算数」で整理して全体像をつかんでいくことが大切なのだ。タテとは時間軸、歴史軸のこと。ヨコは空間軸、世界軸。そして算数は、データ、エビデンスで物事を捉えるということ。
人間の脳は1万年以上進化していないので、歴史軸で物事を見ることは重要であり、人間はホモ・サピエンスという単一種なので、ヨコの世界軸を知ることも重要になる。そして、エビデンスとなる数字やデータで世界を捉えれば、その全体像をより正確に認識できる。
もうひとつの学びは、探究力と問いを立てる力を磨くこと。一言でいえば「考える力」だ。
「なぜそれが必要かというと、いまは技術革新のスピードが速く、知識はどんどん陳腐化していくからです。例えば小学生にプログラミングを教えても、大人になる頃はバージョンアップしていて、役に立たない知識になってしまう。そんな時代だからこそ、社会常識を疑いながら、物事の本質を見抜く探究力や問いを立てる力が重要になってくるのです」