ワクワク感が主体性を生む

佐宗 パーパスが重要視されているからこそ、一度北極星としてのビジョンやパーパスを仮決めしたら、逆に「いまここ」に意識を向けるベクトルがすごく大事だと思います。方向性がある前提で、その方向に向かっているという進捗を組織の中で実感することが、ゴールに向かい続けるための大きな動力になると思います。

「早く結論を話せ」と言うリーダーは非合理的?じっくり話しあった方が効率が高まる理由【「佐宗邦威×前野隆司」対談(下)】前野隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現職。慶應義塾大学 ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか』(ちくま文庫、2004年)、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書、2013年)、『幸福学×経営学』(内外出版社、2018年)、『幸せな職場の経営学』(小学館、2019年)ほか多数。

前野 人はワクワクしなきゃいけないんです。SDGsを「やらなきゃいけないから」と、嫌々ビジョンを描こうとしている人がいますが、それは絶対NGです。

 ワクワク感があるから主体性が生まれ、主体性があるから自己肯定感が高まって前に進める、というサイクルができるわけです。

「早く結論を言え」は非合理的

――「指示、命令、結論を短く簡潔に話せ」と指示してくる組織のリーダーに、話し合いの機会をつくるにはどうしたらいいのでしょうか?

前野 幸福学にはエビデンスがあるので、そういうリーダーにはぜひ幸福学を学んでほしいです。

「早く結論を言え」という指示は一見効率的ですが、長期的視点では全くの逆効果だということをまずは理解することが大事です。理解していない人に何を言っても伝わりにくいので、その科学的事実を理解してもらうのが大切ですね。

――パーパス視点がなく数字第一で、同調圧力の強い組織で働いている人もいると思います。少しでも組織と個人の幸福度を上げるためのアドバイスはありますか?

前野 トップが学ぶべきだ、というのが1点ですが、ボトムから幸せになることもできます。

 自分たちの小さいチームでパーパスを持って仕事をする。それで成果が出ると「あのチームは楽しそうだ」という雰囲気が周りに波及していきます。できることは必ずあるので、一人ひとりが諦めないことが大事ですね。

中小企業は幸せな会社になりやすい

前野 幸せな企業の研究をしていると、中小企業の方が真に幸せな会社になりやすいと感じます。でも、平均値では大企業の方が幸福度が高い。大企業は何となく合格点にはなりやすいですが、理想のパーパスの集団にはなりにくいという構造上の特徴はあります。

佐宗  NIKEやパタゴニアなどのように、大企業の中でも集団の精神レベルが高い会社はあると思うんです。しかし、その地点に到達するための時間がすごくかかります。ガバナンスの複雑性を考えると、中小企業の方がやりやすいという面はありますよね。

 でも10~20年後には、バブル世代に代わって社会意義を重視する世代がマネジメント層に上がってくるので、どこかのタイミングで価値観のシフトは一気に起こるんじゃないかと思います。

誰もが幸せな社会は実現できる

――最後に一言お願いします。

前野 どんな場所にいても、パーパスを持って幸せに生きていける社会を僕は目指しています。みなが多様性を尊重して、信頼し合あって生きていく社会はイメージできますよね。イメージできるということは、人類が実現できるはずなので、僕はそれに向けて頑張っていきたいです。

佐宗 社会の流れとしてはパーパスを重視する方向に絶対向かっているので、それをどうやって現実に落とし込むかが重要です。当然、実証的なエビデンスも大事になりますし、そのエビデンスを活用しながら実践を積んでいかなければなりません。

 実際、このような経営を実践している会社もあります。例えば、ユーグレナの出雲充社長は大学の同級生で僕と同年代の経営者です。彼らは「サステナビリティファースト」を企業哲学に掲げ、それに基づいた意思決定をしていくと宣言しました。それを、株主にもしっかり伝えています。これは、今後経営者が目指すべき1つの姿だと思います。

 ユーグレナのような新しい会社が日本でたくさん出てくるような土壌づくりに、少しでも役に立ちたいなと改めて思います。

(終わり)