特に高齢の医師が多い開業医の不安は理解できる。事実、初期にイタリアで亡くなった医師のほとんどが高齢開業医だったという報道もあった。ヒト・カネ・ノウハウを提供して診療を支援すべきだ。コロナ患者を診療しても住民がその医療機関を忌避せぬよう、メディアやネットを通じて、行政が十分なリスクコミュニケーションをする必要がある。

「最後のピース」が
埋まっていない

 筆者は、この文書を出した厚生労働省の官僚の皆さんを批判しているのではない。むしろ、この行政文書からは「医療崩壊を食い止めたい」という熱意さえ感じられる。しかし、どうも隘路(あいろ)に陥っている感が否めない。

「最後のピース」が埋まっていないのだ。

 ずばり、それは政治家の言葉と決断だ。「うまくやれば、きっとあなたたちは生き残れるし、皆さんが協力してくれれば、たぶん医療崩壊は起きないですよ」では心もとない。

 例えば、こういう約束はできないだろうか。

「このコロナ禍は国難です。災害です。すべての医療機関が一丸となって、国民の命を守るときです。ですから、診療所から大病院に至るまで、我々の指揮下に入ってください。災害医療の専門家を据えて対策本部を作り、病気の種類にかかわらずできるだけ多くの方を救えるように、医療機関の枠を超え適正なスタッフ配置を行い、皆さんに働いてもらいます。その代わり、責任は我々政治家が取り、皆さんを守ります。新型コロナウイルスの患者さんの命も、それ以外の病気の患者さんの命も守ろうではないですか。経営の心配などいりません。既に高給をもらっている人は別にして、看護師さんをはじめとして最前線で戦ってくれている皆さんの給料は倍にします。そして、皆さんを感染させないし、休みもしっかり取ってもらいます。ですから、今は一緒に戦ってください」と…。

 もっとも、今回の行政文書に書かれた内容は非常に参考になった。しかし、もっと大切なことは各都道府県に十分な予算をつけ、権限と責任を持たせ、自ら考えさせることだ。

 政策が複雑かつ曖昧で、不十分な形でしか現場に届いていない。今こそ政治が責任を果たす覚悟を持ち、明確な指示を出して、シンプルで実効性のある政策を実施すべきだ。

 それがない限り、同じことが繰り返される。「ワクチンの福音」でかろうじて今回を乗り越えたとしても、また同じ場面はあり得るだろう。未来世代のためにも、今こそ「危機に強い医療提供体制」作りを進めるべきだ。

◎山本尚範(やまもと・たかのり)
名古屋大学大学院医学系研究科救急集中治療医学分野医局長。大阪市立大学医学部医学科卒、名大病院で麻酔と外科系集中治療に従事した後、2013年、日本初の市民病院合併の中東遠総合医療センターの救命救急センター立ち上げに尽力した。救急専門医、集中治療専門医。現在は名大病院で救急・集中治療に従事している。