DXは変革のきっかけに過ぎない

「DXがバズワード化している」とも言われる昨今だが、バズワードであろうがなかろうが、GAFAをはじめとするデジタルプレーヤーが勢力を増し、ビジネスのあらゆる場面でゲームチェンジが起こり、既存の企業が変革を迫られているという状況は厳然として存在する。私は、DXという言葉の「D(デジタル)」の部分はあくまできっかけの1つに過ぎず、本質は「X(変革)」の方にあると考えている。

 デジタルや新型コロナウイルス、あるいは気候変動といったことを考えると、ますます不確実性が高まっている昨今の事業環境において、いかに顧客ニーズを機敏にとらえ、それに基づいてビジネスを迅速に変え続けるか、また組織全体の意思伝達・実行・運用体制をいかにベストな状態にもっていくかが問われているのだ。これは、トップだけが迅速に意思決定すれば解決するものではない。現場とスクラムを組み、役職の高低を問わずフラットかつオープンなコミュニケーションが行われ、課題の発見、改善案の議論、そして実行が迅速に行われるようになってはじめて、トップとしても正確な意思決定ができるのだ。企業全体を統制しながら、なおかつアジャイルに動く。これが最も難しいところであり、昨今私が多く相談を受けるテーマの1つだ。ここさえ打破できれば、日本企業はまた元気になれるだろう。

変革を先送りにするか、今すぐに着手するか

 国内で初の緊急事態宣言が発出されてから約1年がたつ。コロナ危機を一つの契機としてデジタル変革を進めてきた企業と、そうでない企業の明暗が鮮明になってきたと私は感じている。状況は依然として流動的であり、今後もニューノーマルにおける生き残りをかけた戦いがさらに苛烈になることだろう。いずれにせよ、DXは避けては通れない道なので、まだ着手していない企業も、道半ばの企業も、最優先で取り組むべき経営アジェンダだと思う。

 私が指摘するまでもなく、多くの経営者が「変わらなければならない」ということは理解しているのだ。しかし、長期的な戦いへの覚悟を持てなかったり、短期的な痛みに気をとられて一歩を踏み出せない企業が多いように感じる。

 先日、とある大企業の経営幹部との打ち合わせの最後に、次のような言葉をいただいた。「平井さん、変革に取り組まなければならないことは十分に分かっています。ですが、長い道のりになると分かっているからこそ、会社として本当に覚悟を決めて取り組めるのか、また、その道のりはどのようなものになるのかが分からず、不安に思う面もあるのです」。その方は、おもに変革に伴うコストや本業への影響を心配されているようだった。私はこう答えた。「短期的には、コスト面も含めて多少の痛みもあることでしょう。また、それがどのような道のりになるかは、新規事業と同様に、現時点である程度の予見はできても、何年も先まで完璧に見通すことは難しいものです。しかし中長期的な視点で見れば、御社にとってこの変革が大きなプラスになることは明らかであり、逆にやらないことは、取り残されるという大きなリスクをはらみます。未来のために選ぶべき選択肢は明らかです。やるかどうか、ではなく、いつやるかだけの問題だと思います」。

 私は、多くの経営者やトップ層にも同じ言葉を伝えたい。つまり、選択肢は2つしかないということだ。(1)変革を先送りにするか、(2)今すぐに着手するか、だ。

 その選択は皆さんの手にゆだねられている。

(終)