金銭的インセンティブが低い日本企業

田中 概して言いますと、日本企業ではジョブ・ローテーションがあり、その道のプロを求めるよりも、ジェネラリストが育ちやすい環境にあると思います。外資系で分野ごとのプロフェッショナルとして転職をしている人間ですと、当然のことながら、短期的な成果が求められ、成果が出ないと、同じ職種の他の企業で職を探すしかありません。社内の他の部署に行くという選択肢はないのです。

 一方、日本企業の場合、成功してもしなくても給与に差がつかないので、専門性を究めるというインセンティブがないのですね。

日置 経験と知見を積んで成功することに報いるシステムがないし、金銭的なインセンティブもない。確かに、決定的な差を生み出しているかもしれませんね。

田中 そうですね。さらに言えば、『ワールドクラスの経営』のファンクションベースが重要なポイントです。いま私は日本法人の組織の一員ですが、グローバル企業に属していて、グローバルファイナンスチームの一員であるという意識がすごく強いですね。グローバル経営において、これも決定的な要因です。

日置 ファンクションベースでは、各ポジションで高い専門性を備えていることが前提になりますからね。

田中 ファイナンス組織における最終的な人事権を持つのは、人事部門でなくグローバルCFOです。R&Dや事業部門も同じで、その部門が主体となり人事を考え、それを責任者が判断します。

日置 日本でも、少し前からジョブ型人事がよくいわれるようになりました。けれども、ジョブ型を実践できるほどまでにファンクションやポジジョンの整理ができているわけではなく、準備不足という状況ですからね。

 その点で、企業の吸収合併を経験されてどうお考えですか。

 先ほどのお話ですと、合併が行われて組織文化も変革している最中だと思いますが、実際に買収された側からすると、サンファーマの専門知識に関する要求水準が高いという考えを持っていらっしゃる方もいると思います。でも与えられた環境に適応せざるをえないわけですよね。

田中 現状を受け入れ、頑張っている人がたくさんいます。最初は自発的でなかったにせよ、新しい組織に適応する努力は結果的に自分の市場価値を高めることになるので。

日置 素晴らしい。ワールドクラスの経営には一定の型がありますが、実際の運用には企業ごとに幅があります。新しい組織文化をつくり上げるプロセスに参加する人材の努力は必ず実を結びます。その点で、前回の中村哲也さんもおっしゃっていますが、グローバルを舞台に活躍するために変革を続けるインド企業は日本企業のロールモデルになりうるし、パートナーとしての適応性がよいかもしれませんね。

田中 GEは完全にトップダウンなので、適応しなければさようなら、でしたが、サンファーマには、一緒に働く人たちがハッピーでないと会社はハッピーにならないという価値観があります。見解の相違があっても、まずは相手の言い分を認めつつ将来像を共有して進んでいこうという柔軟性があると思います。

 これはGSKやノバルティスも同様で、M&Aを繰り返して大きくなった組織には、企業の融合は時間がかかるということが、「組織の記憶」として刻み込まれているのです。

日置 それが買収を繰り返した歴史であり、その経験が生かされているわけですね。

田中 これも『ワールドクラスの経営』に書かれていますが、彼らはM&Aによるシナジー効果を急ぎすぎて失敗した経験から、組織としての学習を続けてきたのです。ですから、双方の歩み寄るポイントが共有されているように感じます。

日置 欧州系は元々が集合体ですから、失敗例を経験値として蓄積しています。人が変わっても組織としての経験知が残る。それを糧にするのも、ワールドクラスの要件の一つでしょう。

田中 合併を繰り返した組織の歴史は重要です。組織なりのやり方は、合併の過程で先人たちが試行錯誤した結果としてのベストプラクティスです。時代や環境に合わないからといってむやみに変えると、結局、元の木阿弥という事態に陥りがちです。

日置 このような組織学習は日本企業のウィークポイントの一つです。まずもって、ファクトベースで過去のコンテクストを正しく整理している企業が少ない。成功の偶然と失敗の必然をもっと強く意識すべきでしょう。そして、何かを変える必要がある場合も、そのような歴史的経緯のみならず、組織文化や事業特性からの自社の癖を踏まえ、よくよく考えたうえでなければ、混乱を招きかねません。それでも変われるならばまだよいのですが、結局大騒ぎしたにもかかわらず何も変わっていないということにもなりかねません。