月収1000万円で貯金100億円
ネズミ講にハマった元スタッフ
今はスタッフを辞めることになった野中は、3年前、WEB制作会社に就職するため山形から出てくるとき、出費を抑えようと家賃月3万円のシェアハウスに住み始めた。シェアハウスでは友人もでき、会社でも正社員として働いて貯金もした。
しかし、あまりの激務に体調を崩してしまったため、昨年のはじめに退職。そして、インターネット上で「スタッフになれば、居住費無料」と募集をしていた増田の物件に移り住んできたのだった。
「(ネズミ講を)始めたのは去年の10月。同じシェアハウスのヤツが毎晩テンション上がって帰ってくるんですよね。『やばい人と会った!一緒に会いに行きましょうよ!』って。その人が、タワーマンションに住んでいるとか、何百人の頂点だとか。俺も一応そういうのがあることも、それで友達なくしたヤツも知ってたんで、最初は『なんだ、ネズミ講か』って馬鹿にしてました。けど、将来起業とかしたいと思ってたし、とりあえずビジネスの力をつけるためのアドバイスも聞けるっていうんで会いに行きました」
「会ってみたらオーラが違う。聞いたら月収1000万。貯金も100億あるっていう人だったんです。今から会社の正社員になって、残業しまくって多少良い給料もらっても、自分の時間もないし。かと言って、派遣とかやったらそれはそれで大変だと思ってた。だから、空き時間でできるし、ビジネスの勉強になるなら頑張ってみようか、とその気になってしまって」
ディストリビューター(販売員)になるために30万円を支払い、歯磨き粉やシャンプー、化粧品など最初の商品を購入した。しかし、いざ勧誘先を探そうにも、昔からの友達をたどることは限られている。そこで、当初は悪いと思っていても「絶対言わないでね」と言いながら、自分が重点的に担当する5件ほどのシェアハウス物件の住民に対して、手当たり次第に声をかけ始めた。
「なかには俺と同じく30万払って会員になるヤツもでてきました。そうならないヤツも多かったですけど」
シェアハウスで展開される貧困のループ
結局、普段は出入りしていない末吉が野中の担当物件を訪れたとき、住民からの苦情を耳にすることになり、野中の問題が明るみとなる。その結果、退職、退居することになった。
増田は語る。
「野中だけでなく、シェアハウス経営をしているとネズミ講の話はしょっちゅう聞きます。ネズミ講のブランド名が書かれた大きなダンボールが定期的に届くようになったり、風呂用品置き場がそのブランドの商品で埋め尽くされたり、あと、リビングの机を使って市販の歯磨き粉とネズミ講ブランドの歯磨き粉でどれだけ落ち具合が違うかっていう実演販売を始める住民が出現したり……。まあ、こうやって言ってるぶんには笑うネタになりますけど、色々ありすぎてうんざりしています」
「『いまの生活から抜け出したくないか?』『すごい未来があるぞ』って、外だと相手にされない話も、シェアハウスの中では似たような人間がいてぐるぐる回るんでしょうね。そもそも、100億を持ってるヤツが、どこにもカネがないヤツとつるむ理由はないことくらい、少し考えればわからんのかと思います。でも、シェアハウスに来る人には、本当にカネを動かしてみたり、そういう人と関わったことなんかないような人が多いんでしょうけどね」
増田のシェアハウスで暮らす者は、家賃で4万円、生活費で6万円だとすれば、10万円もあれば1ヵ月十分な生活ができてしまう。実際、そのような経済水準で生活している者もおり、なかには自炊と工夫のもとに月の生活費を3万円程度に抑えながら暮らしている者もいるという。
「そもそも、アルバイトだ、派遣会社だ、と懸命に働いても月収20万もいかない。家賃・光熱費・携帯代で10万は飛ぶ。働いても働いても貯金できないし、貯金したところでそれを消費する時間はないし、何か大きな買い物ができるほどにもならない。だったら、ほどよく働いて、自由な時間をつくって、人とコミュニケーションとって暮らしたいっていうのはあるでしょうね」
多くの住民が、入居時には「近いうちに貯金をして、ワンルームを借りたい」と口にする。しかし、その望みが実現するのは「30人いて1人くらいでしょうね」。実際の「出口」で多いケースは、「他のシェアハウスへの移住」「会社などの寮」「実家に戻る」などだ。
住民と接していても、一見すると貧しそうだとは感じない。しかし、「理想」が果たされるだけの「蓄え」が生まれることもない生活は続き、貧困はループする。
「ネズミ講って言ったら、今やっている『オフ会』にも結構現れるんですけどね」。増田は友人の経営者・青木と協力し、「オフ会」を新たな収益源の1つにしようと模索しているという。