メディアが描くシェアハウス像への疑問

 “趣味”にせよ“事業”にせよ、またドミトリーにせよ個室にせよ、シェアハウスが都市部の若年層に当たり前の住環境として取り上げられ始めているのは事実だ。「比較的高学歴の若者が『安い、楽しそう、オシャレに見える』というイメージと共に、クリエイティブな場としての『シェアハウス』を設けて、楽しそうに暮らしている」——。特に、ここ2、3年、そういった趣旨でメディアがシェアハウスを取り上げることも増えてきた。

「そうらしいですね。そんな楽しそうなものがあるって、人に教えてもらうまで知らなかったんですけど。趣味で、無責任にやるんならいいんでしょうがね」。そう話す増田のもとにも、雑誌・新聞・テレビから取材依頼がきたこともあるが、これまですべての取材を断ってきた。

「メディアは、もてはやしておいて、いずれ、何かシェアハウスが絡んだ大事件が起こったときに『シェアハウスという無法地帯』みたいなイメージつけてくるでしょうから。今から顔出しておく、なんてリスクが高いことはしません。こんなのタコ部屋だろ、ドヤ街みたいなもんだろ、って言われたら確かにそうですねって思いますもん」

「メディアでは偏ったシェアハウス像がでっち上げられているように思います。確かに、理想の暮らし方的な部分もあると思いますが、カネも、仕事も、情報も、あるいは学歴や能力もない人のほうが潜在顧客としては多いですよ。実際、うちの顧客も高卒、あるいは大卒でも新卒で働けずに5年、10年生活してきた人が多い。本当はもっと、学生とか、看護師とか多いかなと思ったんですけど、結局、カネがある人は自分で家を借りたり、個室のシェアハウスに行ってるようです」

和室にベッドが置かれた大部屋も用意されている

 先述の通り、シェアハウスの集客はインターネットが主となり、そこで集客のコツを掴むのが鍵だという。増田も既存の不動産情報サイトを利用したこともあるが、効率が悪い。「普通のワンルームなり、ファミリー向け物件なりを借りようとする層と、うちの住民の層はだいぶずれているんでしょうね」と語る。

「バイト先や派遣先をクビになったもしくは辞めた、地方から東京に仕事を探しに出てきた、仕事はずっと真面目に続けているんだけど寝に帰るだけの家に8万も9万も払いたくない、外国に行って働きたい……。理由は人それぞれでも、男女問わず本当にスーツケース1つで動けるような生活をしているひとが多いかもしれないですね」

 しかし、それはまた、テレビに映し出される「ネットカフェ難民」「年越し派遣村」に集まるような人のイメージとも異なるともいう。増田のもとに送られる応募者データのほとんどが、電子化されて残っている。例えば、直近で集計した980件の応募者データを男女で比較すると、その内訳は男性が409件で女性が571件、年齢平均は男性が28.8歳で女性は27.1歳とある。つまり、全体的に女性が多く、20代後半が中心だ。

 もちろん、シェアハウスの住民像の「中心」から外れた者が入居を望むこともある。例えば、60代で熟年離婚した女性や、40代の元建設会社経営者の男性は印象的だ。双方の入居を受け入れたものの、60代の女性は「生活保護を受けることにするので、その場合はちゃんとした個室の物件を借りなければならないから」と出て行った。

 一方、40代の男性は、2008年に入居してから現在まで住み続けている。物件内における住民の役割分担や生活環境改善のための定例会議を主催し、「いまは、いろいろな現場を渡り歩きながら食っているみたいなんだけど、暇があるとこっちの経営に口出してきたり。ありがた迷惑ではあるけど、管理を任せられるという点では助かっている」状況だ。

住民のほどよい“群れ具合”が安定経営につながる

 これまでの不動産オーナーから「避けるが勝ち」とされてきた「外国人」「水商売」については、「むしろ、それで真面目に働いて家賃も払ってくれる人も一定数いますから、そんな悪い印象もない」とも語る。

共同生活に欠かせない細かな生活ルール

「管理をしていて、安定する物件とそうではない物件の違いは、当然っちゃ当然ですけど、トラブルメーカーみたいなルールを壊す人がいないということであって、ルールがカッチリしているっていうことですかね。例えば、シェアハウスの中では『昔からいる人が偉い』みたいな空気になりがちなんです。洗濯機は何時までとか、風呂を使う順番はこうとか、『昔からいる人』に聞きながらやるし、そこでダメなものはダメだとなるから」

「で、『昔からいる人』自体はどうでもいいんだけど、その『ルールができている感じ』があると、みんな勝手に掃除するし、些細な事で揉めない。逆に、ルールがないと『なんで家賃払ってんのにこんなことするんだよ』『あいつより自分が偉い』みたいな話になってしまって、『運営者は何やってるんだ!家賃払ってんだから対応しろ』となってしまう」

 こうしたトラブルを発生させないために、増田は、物件に長期入居する者に家賃の一部を免除する替わりに、掃除当番やゴミ捨ての割り振り、さらには、家賃回収まで任せて仕組み化しようとしているという。

「もちろん、ただ黙って家賃も払い、他の住民と全く関わろうとしない、こっちにとっては『都合のいい住民』もいます。一方で、住民同士で頻繁に家飲みをしたり、日雇いのバイトを紹介しあったりする場合もある。うちは男女共用の物件も男女別の物件もありますけど、男女共用物件での男女のトラブルとか、窃盗とかはほとんどないんです。ずっと日常を共に過ごさなければならないから、面倒くさいという考えが働くんですかね」

「物件によって、ドライなところとウェットなところの差は大きいですね。ウェットなところだと、さっきの元建設会社経営者もそうだけど、『○○姉さん』とか『父さん』とか呼び合ったり、『母親キャラ』みたいなのができたりとか。擬似家族的な雰囲気みたいなのができることもありますよ」

 住民同士の関係が近づきすぎても、反対にバラバラに離れすぎても、トラブルが起こりやすくなる。ほどよい“群れ具合”が、物件運営の安定につながるのだという。

「シェアハウス経営にとって目指すべき『安定』っていうのは、トラブルなく家賃を払ってくれることだけです。ただ、結局そうはなりにくい層が集まってきているわけで、少し安定しているように見えても一気に崩壊することがある。先日もスタッフの中からそんなことになってしまって……」