鎌田 わかっていない。勉強しないので、昔の知識や思い込みで判断してしまうんです。勤務時間以外は仕事には関わらないと決めて、大企業になればなるほど頭を使わない人の実数も多く、自己研鑽のために自腹を切るという発想も危機感もありません。

「大企業の社員であること」という、いびつな満足感

酒井真弓酒井真弓(さかい・まゆみ)氏。ノンフィクションライター。1985年、福島県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。アイティメディアで情報システム部に在籍し、エンタープライズIT領域において年間60本ほどのイベントを企画。2018年10月、フリーに転向。現在は行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営を行う。著書『ルポ 日本のDX最前線』(集英社インターナショナル)。 Photo by Kazan Yanamoto

酒井 大企業の人間ではないですが、私にとっても耳の痛い話です。確固たる理想像があれば勉強するようになるのでしょうか。

鎌田 そうとも限りません。マズローの欲求5段階説でいうと、形式重視で勉強しない人たちは「社会的欲求(所属と愛の欲求)」か、せいぜい「承認欲求」のところにいるんですよ。大企業に属していれば、一応「社会的欲求」は満たされるでしょう。理想像を追い求めるのは、その上の「自己実現の欲求」です。

酒井 「社会的欲求」で止まっているんですね。だから、社名や肩書のほうに興味があると。「大企業の社員」という型にはまっているほうが楽なのかもしれませんね。

鎌田 「井の中の蛙」の状態ですよね。プライベートのときでさえ、会社の看板を背負って社外の人と接してしまったりする。大企業に入ることが一生安泰に繋がらなくなって久しいけれど、未だにそういう価値観で子育てをしている親はたくさんいる。「いい大学入って有名な大企業に入るのが一番幸せ」って。

日本のDX最前線『ルポ 日本のDX最前線』酒井真弓(集英社インターナショナル)

 一方、私が取り組むサイバー攻撃演習で主体性を発揮する東南アジアの若者たちは、「自己実現の欲求」ステージにいます。現代的な価値観を備えており、向上心があって形式にとらわれない。自律的に学び、「知らない」を「知っている」に変えられて、「できない」を「できる」に変換する能力がある。例えば、「アジャイル」という言葉が出てきたとき、本を読んで理解したつもりになっている人たちには永久に理解できない世界観です。

 本を読んだだけでわかったつもりにならず、自分の足で歩いて、見聞きして、人と話して、現代の価値観と自分の感覚にどのくらいギャップがあるかを肌で感じてほしい。例えば、50代のおじさんがデジタルネイティブの高校生と本音で話し合う機会を30分でも得られれば、どんな本を読むよりも多くの学びが得られるでしょう。そういった機会を自ら取りに行くというメンタリティがあるかどうか。それこそが、これから必要とされる人材とそうでない人材の境目だと考えています。身近にない、なるべく遠い世界と接することにヒントが隠れているはずです。