変革を引き起こす能力と
変革を実施する能力とは別

 経営学には、これまでの能力を新しい能力に入れ替える変革の能力に関する議論があり、これをダイナミック・ケイパビリティという。ポイントは変革する能力と、新たな変革を実施する能力は異なるという点だ。これまでの能力を新たな能力に入れ替え、変革を実施する必要があるときに、新たな変革を実施遂行する能力と、組織的慣性によって新たな能力への転換が阻まれる中で、能力の入れ替えという変革をもたらす能力は違うということだ。

 たとえば、これまでブラウン管テレビをつくっていた企業が、新たに液晶テレビをつくるという方向に舵を切らなければならなくなった場合に、新たな液晶テレビをつくる技術があるエンジニアが、必ずしもブラウン管から液晶へ転換する際のリーダーシップをとるとは限らず、液晶の技術は知らなくても液晶のポテンシャルはわかるマネジャーが、社内の反対を押し切って、ブラウン管から液晶への転換を実現する、その後の液晶テレビをどうつくるかは液晶テレビのエンジニアに任せる、という役割分担もあり得るということだ。

 経営学的には、反対を押し切って能力の入れ替えを行うための能力を、メタ能力としてのダイナミック・ケイパビリティという。河野太郎氏に期待できることは、組織的慣性に陥った自民党政治でも、政権担当能力に疑問のある野党でもなく、既存組織の中で変革を起こせる能力なのかもしれない。

 つまり、先に述べた変革と既存能力の強化というバランスも、個人1人の能力に依存せず組織的に対応することが必要なだけでなく、変革の旗印となって国という巨大な既存組織を動かすことと、変化を起こすときにそれがどのような変化であるのかをデザインすることの両者も、組織的に役割分担ができるかもしれない。それほど組織的慣性の力は強く、既存組織で変革を起こすということは難しいことである。変革を推進することだけをリーダーに求めたとしてもそれほど不思議ではない。

 再び罫線の話に戻ると、科研費の申請には変化が必要だとして、国を動かすということは政治家としての河野氏が担い、それでは科研費の制度をどのように変えればよいのかは、研究者や行政機関の担当者の意見をもとに変化をデザインするという、役割分担である。