韓国はポスターや動画で
積極的なPRを展開

 京王によると、仮に今回の事件でひとつ手前の布田駅に停車し、同様に車両のドアとホームドアの位置がずれた場合、乗客を先頭車まで誘導し、乗務員用のドアから避難させることになるという。南北線を運行する東京メトロにも聞いたところ、やはり脱出口はホームの両端にしかなく、非常時も駅に自動的に停車しドアを開けると説明するが、そうでない場合は同様の避難形態を取らざるを得ないだろう。

 ちなみに韓国はフルスクリーンタイプのホームドアがスタンダードだが、戸袋部分が観音開きする脱出口が設けられている。韓国の大邱(テグ)地下鉄では2003年2月、まだホームドアが設置される前のことだが、走行中の列車内で男がガソリンをまいて放火する事件が起きている。火は駅の反対ホームに到着した列車に燃え移り、運転士がドアを開けないまま逃げたため、大勢の乗客が車内に閉じ込められ200人近くが焼死した。

 被害を拡大させた最大の要因は指令員と乗務員の職務放棄であるが、緊急時の避難経路の確保を重視して、列車の非常用ドアコックとホームドア脱出口の操作について、ポスターや動画で積極的にPRを行っている。日本ではフルスクリーンタイプのホームドアの採用事例は少ないが、脱出口の設置や使用方法のPRなど学ぶ点は多い。

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 日本でも同様の事例があった。ちょうど70年前の1951年4月、京浜東北線の桜木駅構内で列車火災事故が発生。しかし、火災の影響でドア操作ができなくなり、乗務員も乗客も手動でドアを開けることができず、100人以上が焼死した。車両には非常用ドアコックが設置されていたにもかかわらず、乗客はおろか乗務員でさえその存在を知らなかった。

 それ以降、非常用ドアコックの設置は義務化され、車内にも設置位置を示す掲示が貼られるようになった。今回、乗客が非常用ドアコックを操作したのは、この時の反省が今も生きている証左ともいえるだろう。ただ知識は必要に応じてアップデートしていく必要がある。

 事故はいつも盲点を突いてくる。これまで限られた路線しか設置されてこなかったホームドアが急速に普及している中、従来の発想のままでは安全対策は成り立たなくなっている。今回の事件がそうだったように、今後さらなる模倣犯が出てくる可能性もある。各事業者は京王を他山の石として今一度、緊急時の対応を見直してほしい。