蜂起に敗れたこの宇宙のブランキと
恐怖支配を布いている別の宇宙のブランキ

 須藤博士はこのように話を終えた。確信に満ちた晴れやかな表情が戻っていた。

 質問のセッションが始まった。きちんとした数字を伴った議論が気に入ったのだろう、谷村博士は快活な表情に戻って、穏やかな様子で何事かを聞いている。たくさんの質問で座はすっかり賑やかになっていたが、私はもう画面を見ておらず、別なことを考えていた。

 それはオーギュスト・ブランキの奇書『天体による永遠』である。19世記フランスを生きた政治思想家ブランキは、1848年の革命でパリ・コミューンの蜂起を指導したことで知られる。政権奪取に失敗したブランキはそれから2度と牢獄から出ることがなかった。国事犯監獄の中での長い孤独の時間に書いたこの本に、今の須藤博士の話がそのまま予見されているのを、私は知っていた。

 本の中でブランキは論じている。もし空間が無限で、我々に知られた宇宙が有限なら、知られてない部分には、我々の宇宙のコピーやそのあらゆるヴァリアント(変異)が、無限に存在する筈である。

「この宇宙でのブランキ」は蜂起に敗れて牢獄に坐している。そしてそのようなブランキが無尽の時空には数限りなく存在している。しかしまた別の宇宙もあって、そこではほぼ全ての事象がこちらと同一だが、「その宇宙でのブランキ」はエリゼ宮の執務室に座った第一執政官として、フランス全土に秘密警察による恐怖支配を敷いている、という具合である。

 職業を間違えた19世紀の鬼才の幻想文学が、時と場所を超えて21世紀の宇宙論的哲理と出会う奇跡。全ての並行宇宙にいるブランキの、呻吟(しんぎん)と陶酔の総和が作る咆哮(ほうこう)が聞こえるようで、頭がくらくらしてきた。目の前にはスライドで見た極彩色マルチバースの曼陀羅が見えてきた。

 うたた寝から覚めて我に戻ったときは、スクリーンからZoom画面は消えていた。いつセミナーが終わったかさえもわからなかった。

 外気を浴びようと出た屋外はもう真っ暗だった。12月の猛烈な木枯が吹き荒れて、一面に散り敷いた銀杏の葉が舞っていた。立っていられないほどの暴風が頬を打ち、私は思わずのけぞった。片手に握っていた懐中電灯が落ちて、落ち葉に混じってカラカラと転がった。寒さに震えて頭の中が空になった。並行宇宙もマルチバースも全て消え果てた。

 今、目の前にある真っ暗なキャンパスと、その中に蕭然(しょうぜん)と立っている私、これだけが唯一の現実世界で、その他は全ては病んだ頭の幻想だとの確信が、ゆっくり戻ってきた。