デンマーク創業のブロック玩具メーカーが急成長を遂げています。プラスチックのブロックだけを扱い、かつては模倣品があふれて経営危機にも直面したレゴ。しかしその後、レゴは驚異の復活を果たします。現在の売上高は玩具業界の中で世界一。ブランド信用力も世界一。『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』では、レゴの強さの真髄を描きました。本連載ではレゴを知るキーパーソンに強さの理由について解説してもらいます。今回は、本書の解説を執筆したBIOTOPE代表の佐宗邦威氏。戦略デザイナーとして活躍し、レゴシリアスプレイのファシリテーター資格も有する佐宗氏が本書で書き下ろした解説文を3回に分けて公開します。
今、あなたが会社を去ったら、会社は何を失うだろうか――。
『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』に何度か登場するこの問いは、「存在意義」というちょっと難しいことを考えるためのど真ん中の質問だ。
この問いを考える上では、次のようなことが自然に頭に浮かんでくる。
あなたは、会社の中でどんな役割を果たしているだろうか?
あなたには、どんな強みがあるだろうか?
あなたが、その会社で働く動機は何だろうか?
人間という言葉は人の間と書く。人間は、自分一人では何者でもない。自分以外の誰か(それはついには社会となるのだが)との間で、何かしらの役割を果たしている。
人は、生まれてすぐには一人で何もできないが、徐々に成長し、社会の中で経験を積むことで、できることが増えていく。その過程で自然にできることや役割も広がっていく。成長期において、それはすばらしいことだ。しかし人は成長期を終え、中年に入る頃になると、自分のしていることがあまりにも多岐にわたり、逆に自分の存在意義を見失う。
心理学の世界で「中年の危機」と呼ばれる時期は、社会の中で成長とともにできることが増え、肥大した自分の役割を整理し、自分が果たすべき役割の中心を見つけ直す時期と言える。
このプロセスでは、多くの社会的な役割を捨て、自分が自分らしく、そして社会にとっても良いような、最も重要な本質を選び取る“役割の断捨離”が必要になる。
企業に問われる存在意義
巷間、多くの企業も同様の問いを突きつけられているのではないかと思う。
企業の存在目的が消費者や株主などから問われるようになり、企業理念の見直しや再解釈を実施する企業が増えている。かつてないほど、会社の存在意義を問う機運が高まっている。
自社は、何のために事業をやっているのか。
自社が存在しないと、社会は何を失うのか。
これまでは、経済成長を是として規模を拡大することが絶対善だった。成長している間は、それが意味のあることかどうかを考え直す必要はない。
しかし、人口減少や気候変動によって、今では事業の規模拡大そのものが、場合によっては自分たちの依って立つ地球に悪影響を与える可能性すら出てきている。
その文脈の中で、企業活動の環境に対する負荷が見直されたり、企業が生み出す儲けがいかに社会に良い効果をもたらすかが、自然に問われたりするようになってきた。
企業も、自分たちの存在意義を考え直す局面に来ている。
ビジネスの世界においても、中年の危機のようなものが起こっているのではないだろうか。
これまで、成長を唯一の「絶対善」としてきたビジネスの現場では、戦略を議論することはあっても、自社の存在意義を深く話し合う機会は多くはなかった。議論の対象となるのは常に競争相手や市場であり、自社の利益を最大化するための製品やサービスの開発に、多くの時間が費やされてきた。
ところが、事業を取り巻く状況はこの10年で大きく変わった。
戦略も確かに大事だが、利益追求だけを目的とする会社は、消費者ばかりでなく、従業員や株主からも支持を得られなくなりつつある。
問われているのはむしろ、事業活動を通してどんな世界を実現しようとしているのか、社会に対してどんな価値をもたらすのかという明確な意義であり、会社の大きな意思決定の中で、その理由を説明できるようにすることだ。
端的な例が、「地球を救うためにビジネスを営む」という直截なミッションを掲げるパタゴニアだろう。
アウトドア製品に特化するパタゴニアが、自社だけで地球を救うことは不可能だ。しかし、自社の製品を通じてビジネスのあり方を問い直すメッセージを提起するという役割に絞ることで、広く支持を得ることができている。
ポイントは、社会におけるインパクトを最大化させるために、自社だけですべてを行うのではなく、自社の強みと存在意義にフォーカスすることで、広く社会と協業できるようにしていくことにある。
『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』で取り上げているレゴもまた、一度は拡大路線を突き進んだ。ブロックの特許切れとともに成功モデルを失い、事業の多角化に走った。その中で「中心」が分からなくなり、存在意義を見失った。
しかし、自社が提供するコアの強みを再検討し、社会におけるレゴの存在価値を定め、社会と共創することで、価値創造型の企業として息を吹き返した。
私が経営する共創型戦略デザインファーム BIOTOPE(ビオトープ)は2015年の創業当初、イノベーション支援のプロジェクトが多かった。
一方、ここ数年は会社の規模を問わず、企業のビジョンを描いたり、自社の役割を「パーパス」や「ミッション」という形で言語化したり、暗黙知である組織文化をバリューとして言語化したりするような、理念のデザインとも言えるプロジェクトが増えている。
これからの時代には、企業がどんな価値を生み出していきたいのかという意思が重要になる。その問いに答えるには、一足飛びに、その価値を生み出すイノベーションに取り組むだけではなく、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」といった経営理念の土台を固め、時間をかけて組織全体で価値を生み出していくことが必要だ。
経営者や事業トップらと膝詰めで議論を重ね、腹落ちした意義や価値観を、と考える企業は確実に増えている。(2022年1月7日公開記事に続く)