ところが、そういったわれわれの心配は、ライム・ロック・パーク(コネチカット州北西部・レイクヴィルにある、自然の地形を生かして設計されたサーキット)のバックストレートで3頭の老いた虎が咆哮(ほうこう)を上げた途端に消えてなくなりました。

「ボクスター」の2.7リッター並列6気筒エンジンは、高回転域で魔力を発揮します。回転数6500rpmで217馬力がフルで解放されますが、トルクがピークに達するのは4500rpm。懸命なアクセル操作とシフトチェンジは求められますが、ポルシェに吹き込まれた生命が活気を帯び、タコメーターの針がレッドゾーンに触れようとするたびにエンジンが奏でるハーモニーが最高潮へと達します。

「正直なところ、このクルマのギアには満足していません。限られたパワーを最大限に活用するのは非常に困難です」というのが、シルベストロ氏の率直な感想です。3速ギアでもサーキットを走ることは可能ですが、そうするにはこの並列6気筒エンジンは重すぎます。

 そのシフト操作自体にも難があるようです。ポルシェの技術が最高峰であることに間違いはありませんが、「ボクスター」のギアボックスの反応はホンダと比較すれば曖昧さが残ります。ペダルトラベル(編集注:ペダルが動く幅)が長いため、クラッチを深く踏み込む必要があり、スムーズに噛み合わせるのにも苦労します。

 と、ここまでダラダラと述べてきたことは、どれも些末なことに過ぎません。

「ボクスター」の真価は、何と言ってもコーナーリング性能の高さです。このクルマが生まれたのは、ポルシェの近代的かつラグジュアリーな水冷エンジンの黎明期に当たります。アダプティブ・サスペンションも、複雑なエンジンモードもこのクルマにはありません。

 始動時に忘れてはいけない操作はただ1つ、PSM(ポルシェ・スタビリティ・マネージメントシステムの略で、ポルシェにおける、横滑り防止装置の名称)をオフに切り替えることのみです。このスイッチをひと押しするだけで電子制御のバンパーが低下し、スタビリティ・マネジメントシステムが無効化されます。後に残るのは油圧式ステアリングラック、そして自然吸気エンジン、複数のモードなど必要としないシャシーのみです。

 そして、堅実さはご存じの通り。周囲への遠慮など皆無に思える排気音も、はったりではありません。バランス良くセットアップされたミッドシップ・エンジンと、つま先立ちで軽々と踊るかのようなサスペンションも「ボクスター」の魅力を高めています。

 コーナーに差し掛かれば、フロントタイヤが路面を捉えているのを確かめるように、ステアリングが慎重に食いついていきます。リミテッド・スリップ・ディファレンシャル(LSD:コーナリング時のタイヤの左右回転差を調整する「デフ」の作動を制限する装置)は装備されていないため、ドリフトには不向きかもしれません。また、その強大なパワーを操り損なえば、クルマは簡単にスピンしてしまうでしょう。

 それでも、アクセルに乗せた右足を踏み込めば、滑らかで期待通りのコーナーリングと無理のないパワーバンドを得ることができ、いかなるコーナーからもたやすく抜け出すことが可能でした。

 ブレーキ性能も素晴らしいのひと言。直進のコースで、アクセルを踏み込む勇気を与えてくれることでしょう。ミッドシップ特有のシャープなバランス感覚が、より高次元のスリルを提供してくれます。ブラウン氏とシルベストロ氏の両人共、「この仔犬のようにフレンドリーな『ボクスター』の誘いに応じさえすれば、安心して走らせることができるよ」と言っています。

 集中力さえ忘れなければ、急激なオーバーステアや不安定な挙動など恐れるに足りません。むしろ、落ち着き払った滑り出しから足元を確実に捉えてくれるのです。このクルマに羽目を外させることなど、不可能とも思えるほどの優等生です。