僕はアフリカでメディアと隔絶された小学生時代を過ごした。日本語の放送プログラムがないどころか、テレビ放送そのものが当時の僕の住んでいた国にはなかったのである。テレビやラジオ(ラジオはあったかもしれないが、なにぶんよくわからない言語だった)がない状況で、僕と日本をつなぐ大切なメディアは父が運転する車の中で流れてくるカセットテープの歌謡曲だった。
奥村チヨのカセット(当時のメディアはもちろんカセットテープ。B面はもちろん辺見マリ)がヘビーローテーションだった(同じ文脈で聴いたカセットの中に、70年代にラスベガスのショーで華々しく復活したエルヴィスの名盤『エルヴィス・オン・ステージ』があり、僕はエルヴィスと衝撃的な遭遇をするのだが、その話を始めるときりがないのでやめておく)。
来る日も来る日もチヨとマリのコンビ攻撃を受けたので、僕の頭の中では日本文化=チヨ&マリということになり、やたらに情熱的な国なのではないかと誤解したりしながら『恋の奴隷』や『嘘でもいいから』(←これは名曲)を口ずさんでいた(数少ない日本の歌のカセットテープには他ににしきのあきら、尾崎紀代彦などがあったが、これにしてもやたらに情熱的なことには変わりがない)。
30代以下の若い読者はまったく話についてこられずにいると思うが、気にせず続ける。最近奥村チヨのCDを買って感動した。歴史は繰り返すというが、ジャケットで微笑している茶髪・細眉のチヨはほとんど浜崎あゆみである(浜崎あゆみという人をよく知らずに書いているので、おそらく話が少しズレていると思うが、気にせずに続ける。テレビをまったく観ない僕にとって、最新の女性アイドルは中森明菜と小泉今日子。そこで時間が止まっている。娘のコメントによると「浜崎あゆみはこの文章の文脈ではちょっと古すぎるという懸念あり。木村カエラの方が適任」とのことだが、カエラとなるといよいよ見当がつかない)。少し、というか40年ほど早すぎたのだと思うが、チヨはギャルファッション・イノベーターとしてもっと尊敬されてもいいと思う。
友人の高村彰典さんは30代の若い経営者で、クチコミマーケティングの会社「サイバーバズ」を経営している。話は本筋からそれるが、僕がこの人をイイと思うのは、自分の業界や事業の価値を心の底から信じているというところだ。先日雑談しているときにある本の話題になり、さっそく高村さんはその本をスマートフォンで購入した。スマホで本を買う。いまとなってはごく普通の消費行動だ。だいたい彼は90年代からインターネット・ビジネスの最前線にいて、いまもそうした事業をしているその道のプロである。それなのに、本の購入が済むと「いやー、インターネットってホントにイイですね!忘れないうちにすぐに本が買えるんですよ!インターネット、便利だなあ……」と、ものすごくイイ顔をして、しみじみと言うのである。自分が全面的にスキでイイと思っていることを仕事にしていることがよく分かる。こういう経営者は強い。