天皇自身がそのようなお気持ちを、国民に直接明かすというのは極めて重要なことである。これまでの天皇には考えられなかった。それだけにご自身のお考えになっている皇室安泰の心情は、いかに深いかを感じさせることにもなっている。平成の天皇のおことばは、本来ならこちらの方がより重大であるようにも思うのだが、本書ではこの国民への呼びかけではなく、このおことばが結局は実り、政治の側の配慮で生前退位を認める立法措置が決まった、そして退位をされることになったその時(平成31年4月30日)の「おことば」を引用している。

 ここに引用したおことばは、生前退位を認めてほしいと訴えた国民むけのおことばと一体になっていると理解すべきであろう。私自身は、退位を訴えられる前の数年間、作家の半藤一利さんと平成の天皇と皇后にお会いしたことがあった。昭和史について雑談を行うという懇談会でもあったのだが、こういう機会にお二人の歴史に向き合う真摯な姿勢の一端を知り、深い感銘を受けた。そのことは記しておきたいと思う。

 改めてこの「おことば」を分析してみたい。いくつかのことに気がつくはずである。私は極めて重要なこととして次の3点をあげておきたい。

 1、自らの考えに沿った立法措置に対して感謝されている。
 2、象徴天皇の確立を国民に伝えている。
 3、令和が平成の精神を継ぐ形になってほしい。

 この3点を、さして長くないおことばから吸収するべきであろう。私は、実はこうしたおことばの伏線になっているのが、この年の2月24日に行われた在位30年を祝う式典でのおことばだと思う。平成の天皇は、この時に次のようなことを述べられた。

「平成の30年間、日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちましたが、それはまた、決して平坦な時代ではなく、多くの予想せぬ困難に直面した時代でもありました」

 全文千500字程度の中に盛られた一文である。無論これは重要な意味がある。はっきり言ってしまえば、平成という時代には戦争がなかった、国民に多大な犠牲を要求する戦争がなく、そのことは「天皇のために」と叫んで死んでいく国民がいなかったことが、自分にとっては最大の喜びであると言っているのに等しい。天皇という務めを果たすことができたのは、国民の象徴天皇制への協力のおかげであり、自らがそういう国民とともに象徴天皇像を作るために、精一杯努力してきたことが実ったというのは喜びであるという意味でもあった。