モデルナは、創業当初から、こうしたmRNAの可能性に着目し、より効率的でスピーディーに開発できる「mRNAプラットフォーム」を構築してきた。その最初の成果が新型コロナウイルスワクチンだった。

 mRNAプラットフォームは、言ってみれば「一石○鳥」を狙うものだ。mRNA(一石)を使うことで、複数の疾患(○鳥)に対応できるからだ。

 アマゾン ジャパンで新規ビジネス立ち上げに携わったキャリアを持つ太田理加氏が著した『アマゾンで私が学んだ 新しいビジネスの作り方』(宝島社)によると、アマゾンでは「イノベーションは誰にでも起こせる」という意識が全ての社員に浸透しているそうだ。

 太田氏もそうした意識を持ち、イノベーションを「一石二鳥の問題解決」と分かりやすく解釈し、二つ以上の問題を同時に解決するにはどうしたらいいか、という視点で新規ビジネスを考えていったという。

 太田氏も指摘しているが、アマゾンの典型的な「一石二鳥」にAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)がある。AWSは今や世界一のシェアを誇るクラウドサービスだが、もともとは自社の業務用であり、クリスマス前などの繁忙期以外は、サーバーに余剰が発生していた。その問題と、他社の業務改善という二つの問題を「一石」で解決しようとしたのがAWSというわけだ。

『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』で紹介されているアマゾンのヘルスケア事業の一つに「アマゾン・ヘルスレイク」がある。病院、薬局などのデータをAIによって整理・インデックス化・構造化するもので、AWSの機能の一つに位置付けられている。アマゾンも、AWSというプラットフォームを活用して多事業展開をしているのである。

モデルナは創業当初から
「デジタルを前提とした」製薬会社

 田中氏が指摘するモデルナのもう一つの成功ポイントが、「DX」だ。モデルナの場合、前述のmRNAプラットフォームを機能させるのに、DXが前提となっているとのこと。より多くのデータの集積・解析や実験・臨床試験、それらによる、より効果のあるmRNAによる医薬品や治療法の開発のためにはデジタル技術が必須だからだ。実際、モデルナは創業以来、自動化やロボティクス、アナリティクス、データサイエンス、AIなどに1億ドル以上を投資しているという。

 モデルナのDXは、製薬会社がデジタル技術を取り入れて効率化を図るという次元ではない。モデルナは、最初からデジタルを前提とした、これまでにない新しいタイプの製薬会社なのだ。田中氏は、プラットフォームとDXをセットで展開するモデルナを「製薬業界のアマゾン」とみなしている。

 モデルナは、2021年5月に開催した「Moderna Fourth Annual Science Day」において、生命活動におけるDNA、mRNA、タンパク質の関係を、コンピューターのストレージ、ソフトウエア、アプリケーションの関係にたとえて説明している。

 すなわち、DNAは全てのタンパク質を作るための設計図を格納したストレージであり、mRNAはそのストレージのデータをもとにタンパク質を作るよう指示を出すソフトウエア、タンパク質は体内のさまざまな機能を実行するアプリケーション、というわけだ。これは、モデルナがまさしくテクノロジー企業の考え方で製薬ビジネスを展開していることを、如実に表している。

 このように、異分野のシステム同士の類似性を見つける「見立て」は、さまざまなイノベーションのヒントになるだろう。なかなか新しい発想が浮かばない時には、「一石○鳥」で問題を解決できる方法はないか、異分野の似たシステムに「見立て」ることはできないか、と考えてみてはいかがだろうか。

(情報工場チーフ・エディター 吉川清史)

情報工場
モデルナが「製薬業界のアマゾン」だといえる2つの理由
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