電球を作るようにキノコを作れ!その名の通り、白い花びらのように美しい幻のキノコ「ハナビラタケ」

新規事業の創出は企業が成長する条件の一つであり、存続における命題でもある。新しい事業を生み出す方法に唯一の解はないが、「自社の強みを生かすこと」が正攻法の一つであるとされてきた。しかしその方法は、強みと過去の成功要因を混同し、視野やアイデアの幅を狭めてしまいかねない。本当に必要なのは、これまで会社の歴史に縛られない自由で大胆な発想なのではないか――。そんな問いかけに対して明確な答えを示している……かどうか定かではないが、型破りな発想とものづくりにかける思いとで、畑違いの新規事業を成功させてしまった地方企業がある。電球づくりを手がけて半世紀。その会社が新たに取り組んだのが「幻のキノコ」の生産であった。社員とその仲間たちが「キノコかよっ!」と自らにつっ込みながら奮闘してきた数年間の歩みを紹介する。(フリーライター 二階堂 尚)

見たことも聞いたこともない「幻のキノコ」

 キノコについて書かれた国内最古の文献は『日本書記』で、そこには応神天皇の時代に吉野国から朝廷に土地のキノコが奉られたという記録がある。西暦でいうと300年代後半のことだ。奉物にするくらいだから、さぞかし美味で貴重なキノコだったに違いない。

 その時代から食用に適するキノコと、そうではないキノコがあることは当然知られていただろうし、何が食べられて何が食べられないかが判然とするまでには、森に自生するキノコをとりあえず食べてみては、下痢が止まらなくなったり、笑いが止まらなくなったり、片やうま過ぎて食欲が止まらなくなったりということを繰り返しながら、日本人はキノコとの適正な距離をつくってきたのだろう。今日私たちが安心しておいしいキノコが食べられるのは、先人たちのそのような営みに遡る。

 私たちが食卓で口にするキノコといえば、しいたけ、なめこ、えのき、まいたけ、エリンギ、しめじ、まれにマツタケといったところで、高額なマツタケを除けばいずれもごく日常的な食材である。一方、日本に暮らす人の多くがおそらく一度も口にしたことがないキノコもある。「幻のキノコ」と呼ばれる「ハナビラタケ」である。その名の通り白い花びらのような美しいキノコで、標高1000m以上の、温度、湿度、日照条件が整った場所にしか自生しないので、私たちが目にすることはまずないし、採って食べる機会もない。故に「幻のキノコ」なのである。

 7年ほど前から、この「幻のキノコ」を作っている会社がある。静岡県島田市に本社のある大井川電機製作所(以下、大井川電機)である。こちらも社名の通り「電機」を「製作」する会社で、自動車用の電球を半世紀以上にわたって作ってきた老舗だ。もっとも、この事実自体はすでにいろいろなところで報道されているので、「電球屋さんがなにゆえにキノコ!?」という惹句で読者の興味を引くのは、もはやしらじらしいだろう。しかし、当初は月10万円に満たなかったキノコの売り上げが、2020年度には年間2000万円に達し、22年度には1億円を目指している「新規事業」となれば、その秘密をあらためて聞いてみたいと思うのが人情ではないだろうか。