監督の最初の苦労は、部員の名前と顔がなかなか一致しないことだった。元来、そういった物覚えは早いほうだ。

「オレを試合に使ってくれ! というアピールがないからでしょう。かつては、そんな部員が多かった」

 そう小宮山は苦笑する。平成・令和の学生気質なのかもしれない。オレがオレがという自己主張を潔しとしない。加えて、新監督に対しての戸惑いもありそうだ。小宮山悟の経歴への畏敬の念は強く、触れ合ってからの時間も少ない。小宮山は監督就任に当たって、トレードマークのひげをそった。外見上も彼らの知る小宮山悟とは少し違う。

「早稲田大学野球部を正しい姿に戻す」

 小宮山が掲げたスローガンだ。「正しい姿」とは高い本気度、精神性である。例えば、ベンチ入りの25人に入れれば満足、試合で活躍できればなおよし――これだけでは野球に秀でた学生だ。さらに自らが課題を考え、野球を通して心身を鍛え上げる。それが早稲田大学野球部員の本来の姿だと。そういう男が社会に出てよい人間関係を築き、優れた仕事をする。

 ただし、今の部員たちも精いっぱいやっているという自負があるだろう。「正しい姿に戻す」と言われれば腰も引けるというものだ。

 信念は決して曲げないものの、小宮山は頭ごなしに事を行わないと決めていた。やり方の問題だ。部員たちをじっと見守る。我慢して、気付きを待つのである。

特別コーチ時代に「ふざけるな!」
小宮山が外野の選手にカミナリ

 小宮山はかつて、師・石井連藏と同じようにカミナリを落としたこともあった。

 評論家をしていた2012年、母校の特別コーチを務めたときのことだ。左翼奥にあるブルペンに詰めて投手を見ていた。