企業の存在意義や志を定め、経営の基軸に据える「パーパス経営」に取り組む会社が増えてきている。しかし、そんな風潮とは相いれないような考えを示したレジェンド経営者もいた。「社是・社訓など邪魔」と断言した、任天堂の中興の祖である3代目社長、山内溥氏だ。その背景には、深い洞察があった。(イトモス研究所所長 小倉健一)
「ファミコン帝国の総帥」
任天堂・山内溥氏が残した言葉の真意
企業の数だけ社是・社訓が存在している。
そもそも混同されがちなこの二語だが、「社是」は企業の経営上の方針や主張を指し、「社訓」はその企業に所属する者が守るべき理念や心構えを示したものである。
特に社是はホームページなどで一般公開されており、社会において会社がどんな関わり方をしていきたいか、どんな役割を果たしたいかを内外に知らしめるものだ。顧客や取引先企業が社是を知って共感を覚えたり、ファンになったりすることもあるだろう。
例えば、セブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカ堂などを傘下に持つ大手流通会社セブン&アイ・ホールディングスの社是はこうだ。
「私たちは、お客様に信頼される、誠実な企業でありたい。私たちは、取引先、株主、地域社会に信頼される、誠実な企業でありたい。私たちは、社員に信頼される、誠実な企業でありたい。」
顧客や取引先だけでなく、地域社会や社員にも信頼される誠実な企業でありたいとしている。
潔く、大変短い社是もある。「愛は、食卓にある。」のキャッチコピーで有名なキユーピーの社是は『楽業偕悦(らくぎょうかいえつ)』。「志を同じくする人が、仕事を楽しみ、困難や苦しみを分かち合いながら悦びをともにする」という考え方だ。
中には、「企業理念」を掲げている企業も見受けられる。
生活雑貨や食品を取り扱う専門小売業ブランド「無印良品」を運営する良品計画の企業理念は「『人と自然とモノの望ましい関係と心豊かな人間社会』を考えた商品、サービス、店舗、活動を通じて『感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献する。」である。ただ商品を売るだけでなく、望ましい社会の実現にまで貢献しようというのだから素晴らしい思考である。
しかし、一度考えてみてほしい。
社是や企業理念を掲げている会社全てが本気でそんなこと思っていますか、と。
自分が勤めていたり関わっていたりする企業の社是・社訓は「周囲からどのように見られたいか」を重視してはいませんか、と。きれいごとを並べるだけで、社員の仕事に対するモチベーションは上向くのですか、と。本音は、お金もうけなのではありませんか、と。
邪推する筆者を一刀両断するかのごとく「社是・社訓は邪魔だ」とブチ切れたのは、任天堂の3代目社長で、「ファミコン帝国の総帥」として知られていた山内溥氏だ。
花札の製造から始まった任天堂を、電子ゲームによって今や押しも押されもせぬ世界的な企業にまで押し上げた実業家。そして、代表取締役社長および取締役相談役を経て、晩年まで同社の相談役を担った人物だ。