特に冷戦以降、民間企業の国際社会における役割の重要性は増大している。軍民両用の先端技術を開発・生産し、国家に供給するのも民間企業であり、経済活動における国家の役割は相対的に低下している。同時にESGやSDGsなど、民間企業が社会に対して有する責務と、期待される役割もまた増大している。

 逆説的に言えば、経済制裁という国家による経済活動への介入措置は、民間企業の国際社会における重要性が増しているからこそより強力なものとなっている。従って、日本の企業や組織も自社価値の最大化という究極目標に向け、国内・国際社会への責務として、ロシアのウクライナ侵攻に対して自社の哲学を明確にして対応方針を示してくことが求められている。

 相互依存関係が進展した国際経済において、ロシアによるウクライナ侵攻のような重大な危機事象は、国際経済の趨勢(すうせい)全体に影響を及ぼすことになる。例えば、為替相場の不安定化や株式市場からの機関投資家の資金引き揚げは、国際経済全体の後退要因となる。

 また、経済制裁や輸出管理の強化により、国際貿易の停滞も想定される。ロシアによるウクライナ侵攻が企業にもたらしたのは、事業活動にとっての極端な不確実性である。企業や組織は、地政学的環境変化と不確実性を適切に把握する必要がある。さらに、自社にとって想定されるリスクを検討し、意思決定に反映させるための情報収集と、情報分析を行うインテリジェンス能力を強化することが、地政学的リスクの高まりの中で求められている。

エネルギーも食品も価格高騰
サプライチェーンの強靭化が必須に

 経済のグローバル化とともに、国家間の経済的相互依存がこれまで進展してきたのは事実であり、その中で民間企業の内部でも国際分業体制が拡大し、サプライチェーンの多国籍化が進んだ。特に、冷戦終結と前後して、企業活動の多国籍化が急速に進み、多くの日系企業が海外進出を強化した。

 しかし、ロシアのウクライナ侵攻と経済制裁の強化によって、さまざまな事業活動のサプライチェーン上重要なラインの一つが、長期的に機能不全に陥る可能性が現実のものであると突き付けられた。例えば、ロシアが主要な産出国となっている、石油や天然ガスなどの化石燃料、アルミ新地金、小麦、パラジウムなどのレアメタルといった品目は、多くの企業のサプライチェーンの上流にある。さらに、日本を含む世界各国の私たち一般市民の生活に直結しており、既に、エネルギー価格や食品価格の上昇という形でその影響は生じ始めている。

 日本では特に米中対立が深刻化した2018年以降、経済安全保障の観点からサプライチェーンの強靭化の重要性が指摘されてきたが、ロシアのウクライナへの軍事侵攻の結果、その重要性への認識がさらに高まり、日本政府の政策も強化されることが想定される。サプライチェーンの強靭化には単に代替調達先を確保するのみならず、外的要因によって生じるさまざまなリスクを想定し、調達、研究・開発、生産、輸送、販売といったバリューチェーン上にあるすべての要素において対応策を講じていかなければならない。

 そして、民間企業は自らの責務として、事業活動において想定されるリスクを網羅的に洗い出し、国家が非合理的で予測困難な意思決定をし得るという外部環境リスクを前提にして、事業活動の抗堪性を発揮できる体制を構築していかなければならない。