左利きの人は「右脳派で芸術的」などと羨望のまなざしを向けられることが多い一方、ハサミが切りづらかったり改札のタッチがしづらかったり日常の不便が多く生きづらい(?!)面もありそう。実のところ、「左利き」の人がもつ科学的・客観的な傾向はあるのでしょうか? その謎を解くべく書籍『すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法』を企画・編集した吉田瑞希さん(ダイヤモンド社)に聞きました。(構成:書籍オンライン編集部)

左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまでPhoto: Adobe Stock

スープバーの「おたま」は一生の敵

──吉田さんが企画・編集した書籍『すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法』は大ヒット中ですね。この本を作ったきっかけや背景を教えてください。

吉田瑞希(以下、吉田):わたし自身が左利きで、幼い頃から周りの人たちと違うことを意識して過ごしてきました。

左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまで『1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き』(加藤俊徳著、ダイヤモンド社、定価1430円)

 よく言われる「ハサミが切りづらい」「改札が逆」といった物理的な不便は、大人になると慣れてきます。なので、日常生活で困ることはほとんどありません。ただファミレスのスープバーの「おたま」だけは例外で、一生の敵ですけど(笑)。

 一方で、左利きは「右脳派」で「芸術的」だ……など噂レベルで語られていることがいろいろありますよね。でも「本当にそうなのか?」とずっと疑問に思っていたので、その答えが書いてある本をずっと探していました。自分がどんな脳を持っているのか、知りたかったからです。

 でも、やはり右利き社会……そんな左利きの悩みに応えてくれる本には出合えず、「だったら自分でつくろう!」と著者さんを探し始めました。

左利きならではの脳の特徴がある?!

──テーマから先に決めて、それを書ける著者さんを探し始めたんですね。すぐに見つかったのでしょうか?

吉田:この本を書いていただくうえで絶対に譲れなかったのは、著者さんが「左利きの脳科学者」であることでした。

 というのも、自分の経験上よくある「多数決すると大体少数派」だったり「言葉を発するまでに少し遅れる」といったことも、もしかしたら左利きならではの脳の仕組みのせいでは……と思っていたからです。そのあたりも解明してくださる著者さんにお願いしたかった。

 ようやく出会えたのが、著者の加藤俊徳先生でした。

 ネットで「加藤先生は“幼い頃”左利きだった」と書いてあるのをみつけたんです。でも、矯正して今は右利きの可能性も高いと思ったので、お問い合わせフォームから連絡し「先生は今も左利きでしょうか?」という確認から始めました(笑)。

 加藤先生とは初対面のときから、おたまの話や言葉のアウトプットの面で「(左利き)あるある」となりました。ほかにも「左右盲(右左が咄嗟にわからないこと)」なども左利きの特徴なのですが、執筆のご相談にあがったときに話が出て、先生にますます共感できました。

──「左右盲」って初めて知りました。ほかにも左利きならではの特徴は色々ありそうですね。

左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまで吉田瑞希(よしだみずき)
書籍編集者(ダイヤモンド社書籍編集局第一編集部所属)
2015年新卒入社。書店営業部で中央線や東海地区の書店を担当。19年より現職。主な担当書は『「繊細さん」の幸せリスト』 『すごい左利き』など。ハリネズミが好き。

吉田:たとえば、わたしの父も左利きなのですが、親が左利きだと子の左利き率は2~3倍になるそうです(両親左利き=子ども左利き26%、片親左利き=19%)。

──たしかに、親子で左利きという知り合いはなんとなく多いようなイメージはありましたが、きちんと数字で表れているんですね! 知らなかった。

10人に1人だけが持つアイデンティティ

──著者の加藤先生に、この企画を提案した際の反応はどうでしたか?

吉田:最初にお持ちしたときの企画書上の書名がすでに『すごい左利き』だったんです。加藤先生はすぐに「“左利き”にはこだわりがあり、ぜひ出版したいと考えていた内容です」とお返事をくださいました。わたしも当時は編集者1年目だったので、ほっとしたのを覚えています。

 先生とお話ししてみると、これまでわたしが疑問に思っていたことがするすると紐解け、「利き手が違うと、使っている脳も違う」=「それは10人に1人だけが持つすごいアイデンティティ」という図式が成り立ちました。

──制作上でいちばん腐心した点はどのあたりですか? 原稿づくりでも、レイアウトデザイン、装丁など、一番力を入れた、あるいはすごく苦労した!という点を教えてください。

吉田:序章の構成です。類書がないジャンルだったので、「何を、どの順番で説明すれば、このあとの内容がすっと頭に入るんだろう」と悩みました。

 1章以降は「●●がすごい」の羅列なので、スムーズに決まったんです。でも、その前に位置する序章では、「そもそも利き手と脳の関係って?」「脳の仕組み」「なんで左利きは天才と言われるのか?」など、1章から始まる「●●がすごい」に繋げるための納得感を用意しなければいけなかったので、苦労しました。

 脳の話は、油断すると難しくなってしまうので、どうすればわかりやすい順序にできるのか、すごく悩みました。そこで、「自分」に焦点を合わせることにしたんです。

 この本は自分がずっと知りたかった内容が詰まっているので、わたし自身がとことん納得できる流れにすれば、読者のみなさんにも喜んでいただけるのではと思ったからです。付箋に知りたいことを書き出し、パズルのように組み立てて一番ピタッとはまる流れを探しました。一時期、わたしの机上は大量の付箋で埋まっていたので、異様な光景だったと思います(笑)。

──そういう文章構成の作り方も、もしかしたら左利きならではかもしれませんね?!

本の中で一番反響が大きかったのは…

──では、一番反響の大きかったページや、吉田さんから特におすすめのページはどのあたりですか?

吉田:たとえば、99ページに掲載した「イメージ記憶」のイラストは反響が大きいです。左利きの人は、9割の右利きの人と脳のネットワークの構造が異なっているために、右利きの人から見ると独創的に見えやすい特徴の一つとして、「目で捉えた情報をイメージで記憶する」傾向があります。左利きの人は右脳が発達している場合が多く、教科書の内容などもカメラでシャッターを切るように全体を瞬間的にイメージで保存するのが得意なのだそうです。

左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまで左利きの人は、目で捉えた情報を、カメラのシャッターを切るように画像で記憶するのが得意!(本書99ページのイラスト。イラストレーター:毛利みき)

 わたしも学生時代、教科書をすべて写真のように画像で覚えていました。テストのときは頭のなかでページをめくって解答します。「何ページのこの辺に書いてあったなぁ」と思い出すのですが、まわりの友達からは「ん、何それ??」と怪訝な顔をされることがしばしばありました。右利きの人は主に言葉で情報を理論的にインプットするらしいのですが、わたしは逆にその方法では覚えられないかもしれません。

「え? じゃあ、みんなはどう覚えてるの……??」といまだによくわからないのですが、そのイメージや映像で記憶することこそが、左利きの脳の特徴なんですよね。

 左利きの読者さんたちからも「自分もこの方式で覚えている!」とたくさんの感想が届いています。

脳の仕組みで得手不得手が決まる

吉田:それと、おすすめは145ページにある、左脳と右脳のイラストです。わたしは社会人になって「会議などでパッと言いたいことが言語化できないこと」にコンプレックスがあったのですが、ここを読んでいただくと、言葉がすぐに出てきづらいのも左利きの人の脳の特性(ワンクッション思考)が関係していることがわかります。

左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまで左脳と右脳で、情報の整理の仕方が異なる。(本書145ページのイラスト)

 右利きの人が脳で情報を処理する際は、さまざまな言葉についてきれいに分類分けして記憶される左脳(イラストの上図)に直接出入りできるので、簡単に目的とする情報にたどり着けて言葉を取り出すことができます。一方で、左利きの人の多くは、イメージ情報が雑多に入れてある「並列情報の倉庫」のような右脳に入ってから、左脳に行かねばならないので、常に遠回りすることになり、脳の情報処理に少し時間がかかりアウトプットが遅くなりやすいと言われています。このワンクッション思考のために、左利きの人は「言葉でまとめるのが遅い」というコンプレックスを抱きがちだそうで、わたしもその一人でした。

 自分がただ「できない」と思っていたことが、そもそも脳の仕組みのせいなんだ、とわかったことで、とても安心しましたし、できるようになるための方法についても本書で触れています。ぜひ同じ悩みがある方に読んでいただきたいです。

「今の自分のままでいいんだ」と生きやすくなる

──読者の声として、ご自身が左利きの方や家族・友人に左利きがいる方から「いろんなことが腑に落ちた!」というお声が多い印象です。こういった反響は予想どおりでしたか? また、どんな感想が印象に残っていますか?

吉田:専門の学者さんが脳科学をベースに解説してくださっている内容ですし、わたしも経験してきたことなので、たくさんの共感のお声は「そうだよね!」という感じです。

 ただ、加藤先生ともお話ししているのですが、その数がすごく多いのは新鮮です。やはり左利きの人たちと普段はあまり出会うことができないので(編集部注:何しろ日本では10人に1人!)、「こんなにいたのか!」と嬉しく思います。

 印象に残っているのは「“自分はおかしい”と思っていたけど、このままでいいんだ、と思えて生きやすくなった」という感想です。1対9の世界で生きることは、物理的な不便のほかに大多数の“脳が違う人たちの世界”で生きることでもあるので、違和感を覚えやすいと思います。でも、そんな悩みが払拭されたと感想をいただき、この本をつくって本当によかったと感じました。

──今後さらに多くのどんな方に読んでいただきたいですか? おすすめのポイントなどもあれば、ぜひ教えてください。

吉田:「周りの人たちと自分の感覚は違うかも?」と日常のなかで違和感を抱えている人に、ぜひ読んでほしいです。左利きの脳を知ることで、自分がどんな特徴を持っているのか、なぜ周りの人たちと違うのか、知ることができると思います。

 左利きは、「天才なんだね」とか「器用なんだね」とか、正直なんと答えたらいいかわからない声をかけられる場面も多々あるのですが、本書『すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法』ではそうした噂に対して脳科学の論拠に基づいてしっかり答えを出しています。自分を知りたい方にとって、おすすめできる1冊です!

左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまで
左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまで『1万人の脳を見た名医が教えるすごい左利き』[著者]加藤俊徳(かとう・としのり)
左利きの脳内科医、医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社脳の学校代表。昭和大学客員教授。発達脳科学・MRI脳画像診断の専門家。脳番地トレーニングの提唱者
14歳のときに「脳を鍛える方法」を求めて医学部への進学を決意。1991年、現在、世界700ヵ所以上の施設で使われる脳活動計測fNIRS(エフニルス)法を発見。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事。ADHD(注意欠陥多動性障害)、コミュニケーション障害など発達障害と関係する「海馬回旋遅滞症」を発見。帰国後は、独自開発した加藤式MRI脳画像診断法を用いて、子どもから超高齢者まで1万人以上を診断、治療を行う。「脳番地」「脳習慣」「脳貯金」など多数の造語を生み出す。InterFM 897「脳活性ラジオ Dr.加藤 脳の学校」のパーソナリティーを務め、著書には、『脳の強化書』(あさ出版)、『部屋も頭もスッキリする!片づけ脳』(自由国民社)、『脳とココロのしくみ入門』(朝日新聞出版)、『ADHDコンプレックスのための“脳番地トレーニング”』(大和出版)、『大人の発達障害』(白秋社)など多数。
・加藤プラチナクリニック公式サイト https://www.nobanchi.com
・脳の学校公式サイト https://www.nonogakko.com