もともとサラサーティという商品が初めて世に出る際、「おりもの」という言葉をパッケージや宣伝コピーに使うことに、多数の女性社員から反発があったそうだ。それでも小林会長は「わかりやすさ」にこだわった。

 その理由は、サラサーティを「まだお客さまが見たことがない商品」にするためだ。おしゃれなアルファベットが躍るパッケージを商品棚に並べたとしても、そのコンセプトが何だかわからなければ、消費者はおいそれと手を伸ばさないだろう。その結果、せっかくの商品が人々のもとに届かなくなっては元も子もない。

 また、何の商品だかわからないネーミングだと、おりものシートではなく一般的な生理用ナプキンだと勘違いして買う人が出るかもしれない。それでは顧客をだますことになる。

それよりも、パッケージを一瞥(いちべつ)するだけで、用途と効用が理解できる「わかりやすさ」を優先するのは、むしろ当たり前のことともいえよう。ここに、小林製薬の誠実さが表れているようにも思える。

「大きな池」を狙わず
「小さな池」を作り出す

「まだ、お客さまが見たことがない商品」を生み出すという小林製薬の基本戦略を、小林会長は「小さな池の大きな魚」に例えている。

 小林製薬の強みは、顧客が「あったらいいな」と思う潜在的ニーズを引き出し、そのニーズに応えるアイデアを具現化することだ。だが、多くの企業や消費者は、そのニーズの存在に気づいていない(だからこそ「潜在的」ニーズなのだ)。

 そうした中で、顧客が見たこともない商品を売り出しても、「大きな池」である既存市場ですぐに大ヒットを生むのは難しい。だから小林製薬は、独自性の高い製品が支持される「小さな池(市場)」を見つけたり、新たに作り出したりすることを重視する。

 ここで大事なのは、そこで泳ぐ、または泳ぐであろう「大きな魚」を、他の釣り人が来ないうちに真っ先に行って釣り上げることだ。

 例えば、芳香消臭剤「サワデー」が発売された1975年頃、日本ではまだトイレに置く芳香消臭剤の市場が未成熟だったという。当時の日本のトイレにあったのは、香りの強いボール状の消臭剤だけだった。一般的な消臭剤にとどまらない、フレグランスのような良い香りでトイレを満たすという発想が、その頃の日本では広まっていなかったのである。

 小林製薬に入社後、すぐに米国留学の機会を得た小林会長は、ピカピカの便器でとても良い香りのする現地のトイレに感心したという。そこで、米国で売られていた芳香消臭剤を日本人向けに改良し、サワデーとして売り出したところ、大ヒット商品となった。それ以降、他社もこぞって芳香消臭剤を発売することになった。小林製薬は、日本のトイレの概念を変えたといったら大げさだろうか。

「小さな池の大きな魚」戦略は、有名な「ブルーオーシャン戦略」に似ていると思うかもしれない。だが、ブルーオーシャンは、競合相手の少ない既存市場を「選ぶ」というものだが、小林製薬の場合は、新たな市場(=小さな池)を創造する、という点で少し異なる。