「実は35歳を過ぎたころから、認知症の原因物質がたまりやすくなります。原因物質というのは、歯周病菌のこと。35歳を過ぎたタイミングでこれまで行ってきた『歯磨き』を変えなければ、認知症の発症リスクが一気に高くなることが研究で明らかになっているのです」

 そもそも長谷川医師が認知症と歯の関係に気づいたのは、多くの患者を診るなかで、ひとつの共通点にたどり着いたからだった。

「認知症患者さんの口の中はビックリするくらい汚れていることが多く、ほとんど歯が残っていません。ケアをしている歯科衛生士さんによると、まるでゴミ屋敷だというのです。実際、残っている歯の数と認知症発症率の相関関係を裏付けるデータも存在します。東北大大学院の研究グループが、70歳以上の高齢者を対象に行った調査によると、『脳が健康な人』の歯は平均14.9本でしたが、『認知症疑いあり』の人は9.4本でした。つまり残っている歯が少ない人ほど、認知症になりやすいことが明らかになったのです」

 昔からいわれる「歯がない人はボケやすい」は、科学的に見ても正しかったということになる。そして、大人が歯を失う原因の第1位は、「むし歯」ではなく、前述した「歯周病」なのだという。

「歯磨きが不十分で、口内に食べカスや細菌がたまっていくと口内が炎症を起こし、歯周病が進行します。そのまま放っておくと、歯を支える土台の骨が溶けてグラグラになり、最終的に歯が抜けてしまうのです」

 歯を失えば、脳に送られる血流や刺激が減り、脳の老化は加速する。このように「脳の老化」に大きな影響があると考えられる口の中だが、日本ではいまだに歯の重要性が軽視されていると長谷川医師は危惧する。

「海外と違い、日本では『高齢になったら歯は残っていないもの』と考えられています。しかし、アメリカやスウェーデンなど口腔衛生先進国は違います。特に痛みや問題がなくても定期的に歯科に通い、口内の状態が悪くならないよう予防に努めています。2012年の厚生労働省国民健康白書統計では80歳以上で残っている平均の歯の数が、日本9.8本に対してスウェーデンはなんと20本。こうした日頃の意識の違いが、老後使える歯の差として表れているのです」