日本企業に対する投資家の企業価値評価が低い。主因は稚拙な経営にある。外国企業との差を示すのがPBR(株価純資産倍率)。保有資産でどれだけ価値創出しているかを市場が判断する指標だ。人材など非財務資本の活用と同時に、それをきちんと伝えて市場に評価されることが求められる。今、注目のESGはその象徴といえる。ESGと企業価値をつなぐ方法論「柳モデル」を製薬大手のエーザイで確立した柳良平氏が、その理論と実践法を全10回の連載で提示していく。第6回目は、「柳モデル」の日本企業全体への適用について検証していく。
「柳モデル」と
エーザイの事例は外れ値か
「柳モデル」と「エーザイの重回帰分析」(柳 2021)を公開して、国内外の機関投資家から高い評価を得た。
しかしながら、日本企業の一部からは「柳モデルもエーザイも特殊な例で、いわば外れ値であり、一般の日本企業には当てはまらないのではないか」という疑問の声も寄せられた。
もちろん、「ESG経営の定量化」は、企業ごとに個別事情を勘案しながら検討して、それぞれの説明責任を果たせば良い。
一方、いくつかの有力企業は柳モデルを採択して、自社のESG経営と企業価値の関係性を開示している。
・KDDIは、2021年5月14日の2021年3月期決算発表説明会資料で高橋誠社長が、「KDDIのESGと企業価値の関係性実証(信頼区間95%における平均値試算)」として、KDDIでは、「温室効果ガス排出原単位を1割減らすと6年後のPBRが2.4%向上する」正の相関があることを説明している。
・NECは、2021年12月10日のESG説明会資料で、「部長級以上の女性管理職を1%増やすと7年後のPBRが3.3%向上する」「従業員一人当たりの研修日数を1%増やすと5年後のPBRが7.24%向上する」ことを開示している。
・日清食品ホールディングスは、2022年2月2日公開の価値創造レポートで、「定量面の検証では、非財務資本と企業価値(PBR)の関係性を明らかにする分析モデル(柳モデル)を利用し、創業者精神に基づくESGの取り組みと企業価値の間に正の相関関係があることが明らかになりました。今回分析に用いた約270項目に及ぶ非財務データのうち多数の項目が企業価値と関係することが判明しています。例えば、研究開発費1%増加時に7年後のPBRが+1.4%、CO2排出量1%減少時に8年後のPBRが+1.0%などの関係性が出ています」と記述している。
・JR東日本は、2022年8月4日発行のJR東日本グループレ
さらに、開示に至らないまでも、柳モデルを採用してESG経営の定量化を検討している企業が多数存在する。
では、こうした個別企業の開示事例とは別に、一般的に日本企業全体に柳モデルを適用することは可能なのだろうか。