(2)乗務員の権利
乗務員を立ち去らせるのは「妥当な指示だ」

 バスが故障して運行中止を決定した現場で、乗務員と乗客の間にトラブルが起きました。さきほど運送約款の話をしましたが、現場で起きているのは感情的なトラブルです。

「迷惑をかけているのだからもっと誠意をみせろ」という顧客からのクレームはサービス業の現場ではよくある話です。

 当然のことながら、サービス業の従業員の中にはこういったトラブルをうまく収める優秀な従業員もたくさんいらっしゃいます。しかし、神対応をサービスの「標準」として期待するのは、現実的に無理があるのも確かです。

 今回のケースを振り返ると、バスの乗務員さんは途中のPA(パーキングエリア)で一生懸命にバスの点検を行っています。それでも故障が回復しないことを確認して、最終的に運行中止を乗客に告げています。

 37人いらっしゃった乗客に降車していただき、京都駅で荷物もすべて返却した状況で、数人の乗客が納得できずに乗務員を取り囲みました。

 その中のひとりが激高して乗務員に詰め寄り、パトカーが現地に急行して警察官2~3人がその乗客をなだめていたということですが、警察は原則として民事のトラブルには動きません。つまり警察官が間に入っている段階で、エキサイトした乗客から何らかの刑法トラブルが起きて通報された状況だと客観的には認識できます。

 もちろんクレームというものは、正当な範囲内であれば顧客の権利です。しかし、エスカレートして「土下座しろ!」のような要求をすると強要罪、「殴られたいか?」と怒鳴ったら脅迫罪、実際に従業員を小突いたりしたら暴行罪になります。ここは、善良な市民としては気をつけたいところです。

 それで、私がバス会社の本社スタッフだったとします。運行中止を決めて、補償条件を伝えて、大半の乗客は納得していただいてその場を立ち去った後、数人の納得できない乗客が乗務員を囲んでいる。さらに、そこに警察が出動する事態が起き、時間的にも最初の説明から60分近くたっている状況です。

 読者のみなさんは驚かれるかもしれませんが、もし私が現場の乗務員からの電話で指示を仰がれた本社側の上司だったとした場合、私も、「警察に状況を任せて速やかにその場を立ち去るように」と指示すると思います。

 理由は、従業員が危険に巻き込まれかねない状況だからです。

 これまで乗客の権利の話をしてきましたが、バス会社を経営する側にとって本音レベルの話をすると、乗客以上に重要なのは従業員の人権です。

 すでに1時間近く話し合いをしたのに納得してもらえない。それで警察が出動するほど乗客が激高している状況は、バスの従業員にとっては危険な状況です。

 警官に取り巻かれている状況で、激高した乗客がナイフを取り出す……なんて可能性は考えにくいでしょうが、現場で何が起こるかは予測不能です。

 だからこそ、場合によっては、警官を呼ぶ前であっても「その場を逃げろ」と従業員に指示する必要があると私は思います。