(3)会社の損得
この事件でバス会社は「大損」した

 さて、私は経営者に対する助言を本業とする戦略コンサルタントなので、こういう事件について会社の利益でものごとを判断してしまうのだと言われるかもしれません。

 実は逆で、この事件の本社の判断は会社の利益にはマイナスです。これが3点目のポイントで、会社の評判だけを考える場合、従業員の立場になって正しい対応を指示すると「大損」するのです。

 この視点は、今、サービス業の現場で問題になっているモンスタークレーマー問題の一番大きな根っこの部分にも通じます。損得勘定だけで考えたら、会社は体面を気にしたほうがいいのです。とにかく波風を立てないように、カネで解決できる相手にはカネで解決させてしまおうという考えが存在します。

 実際、今回の事件でバス会社は運行中止で売り上げがふいになった分と上乗せ補償で、単純計算をすると55万円の損失になります。ところがその後の騒動を考えるとこの先、もっとたくさんの顧客を世論の怒りで失うことになるはずです。事件の代償は数百万円の損害では済まないでしょう。

 この事件で私が一番興味深いと思う点は、それにもかかわらず事件後メディアの取材を受けた会社が、「大変お客様には申し訳なかったですが、ある程度、適切な処置だったと思います」とコメントしている点です。

 私はこのコメント、非常に勇気のある発言だったと思っています。

 ビジネスで重要なのは、冷徹に言えば「カネを稼げたかどうか」の結果です。しかし、ビジネスをやっている人間としては「カネ以上にもっともっと大切なものがある」というのが一般的な認識です。

 今回のケースでいえば、本社のスタッフには「従業員を切り捨てる」か「従業員を守る」かの、二つの選択肢がありました。サラリーマン企業なら、間違いなく従業員を切り捨てていたケースではないでしょうか。

 でも、この会社は損得よりも従業員をとったというのが、一連のニュースを見たうえでの私の理解です。それを考えたら、私はなんとなくこのバス会社、応援したくなってしまいます。

 仕事柄夜行バスを使うことは一切ないのですが、一度使ってみようかな、埼玉のさくら観光バスの夜行バスを。