1976年の初版版発刊以来、日本社会学の教科書として多くの読者に愛されていた小室直樹氏による『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』が2022年に新装版として復刊された。社会学者・宮台真司氏「先進国唯一の経済停滞や、コロナ禍の無策や、統一教会と政治の癒着など、数多の惨状を目撃した我々は、今こそ本書を読むべきだ。半世紀前に「理由」が書かれているからだ。」と絶賛されている。40年以上前に世に送り出された書籍にもかかわらず、今でも色褪せることのない1冊は、現代にも通じる日本社会の問題を指摘しており、まさに予言の書となっている。『【新装版】危機の構造 日本社会崩壊のモデル』では、社会学者・橋爪大三郎氏による解説に加え、1982年に発刊された【増補版】に掲載された「私の新戦争論」も収録されている。本記事は『【新装版】危機の構造 日本社会崩壊のモデル』より本文の一部を抜粋、一部編集をして掲載しています。
天才、小室直樹が名著『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』に込めたもの(「はしがき」より)
「これは、ナチスや軍国主義者も企てなかった文化破壊である」と、大学紛争の兵火にかかって烏有に帰した東大法学部の廃墟に立って、丸山眞男教授はこう叫んだと言い伝えられる。
戦後四半世紀を経て、デモクラシー教育は、とんでもない鬼子を生み育ててしまったようだ。大学紛争を契機として血のタブーが破られることによって、あんなにも厳重にとじこめておいたはずの暴力主義の亡霊は、幾重もの封印を喰い破って、おどり出てしまった。現在、いわゆる内ゲバによって年々何十何百という人間の血が流されているが、ここで注目されなければならないことは、その人数の多さや残酷さではなく、その社会的背景である。
最近の企業爆破や四七年の連合赤軍を指導した若者たちは、決して社会の落伍者や無法者ではなく、社会の中枢をなすべきエリートあるいは善良な市民であった。彼らをして、ナチスや軍国主義者も遠く及ばない暴挙に走らせたものは何か。ここに、現代日本の危機の本質がひそむ。
半年以上にわたって国中を揺さぶりつくしているロッキード事件にしろ、だしぬけに飛来して関係者を震えあがらせたミグ25の場合にせよ、この本源的な危機の皮相的な現象形態にすぎない。宣誓にもかかわらず厚顔無恥な偽証につぐ偽証によって議会政治を重大なピンチに追い込み、天地の間に身を容れる余地をなくしたようなロッキード事件の容疑者は、犯罪常習者でもなく極悪人タイプでもない。それどころか、彼らこそ、最良の教育を受け、エリート中のエリートとして、周囲の期待を一身に担ってきた経済的繁栄のまさしく、前衛である。彼らのタイプはなんといわゆる「A級戦争犯罪人」タイプと似ていることであろう。この人をしてかかる最も悪質な犯罪に走るのやむなきにいたらしめる仕組みにこそ、現在日本の危機の深刻さがひそむ。
現代日本社会構造の奥底において不断に拡大再生産され、社会組織の隅々にまで浸透して、着実に爆発のエネルギーを蓄積しつつある構造的アノミーこそ、この危機の本源的ジェネレーターである、とするのが本書における分析の要諦なのであるが、かかる構造的アノミーは、現在日本における構造(structure)と組織(organization)との矛盾の所産である。
敗戦による深刻なショックと戦後における未曾有の大変革、それに引き続く「最も空想的な人の荒唐無稽な夢」をもはるかに上回る高度経済成長によって、日本は見かけ上は、すっかり異なった国になってしまった。しかも、それはあくまでも表面上の社会組織レヴェルにおけることであって、その奥底の社会構造のレヴェルになると、日本人の思考・行動様式も、集団構成の原理も、戦前と全く変わっていない。これら両者の間の矛盾に、危機の芽は発する。
現代日本(1972年当時)は、機能集団が同時に運命共同体としての性格を帯び、かかる共同体的機能集団の魔力が、日本人の行動を際限もなく呪縛することになる。その矛盾のダイナミズムの所産が、右に述べた構造的アノミーにほかならない。そして、この構造的アノミーの展開によって、企業爆破や連合赤軍のテロだけでなく、公害やニクソン・ショック、石油危機やロッキード汚職も必然的なコロラリーとして生み出される。
しかし、構造的アノミーは、この程度の生易しいものではない。それは、人びとが誠心誠意、真剣になって努力すればするほど、努力目標と異なった結果を生ぜしめ、日本全体をもう一度破局へ向けてまっしぐらに驀ばく進しんさせる社会的メカニズムを生み出す。
『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』の目的は、この構造的アノミーの生成、拡大再生産およびその社会における展開過程の分析である。
昭和五一年 秋 毛沢東死去の報に新時代激動の兆を予感しつつ 小室直樹
本記事は『【新装版】危機の構造 日本社会崩壊のモデル』より本文の一部を抜粋、再編集して掲載しています。