テレビ局TBSを退社したのち、プルデンシャル生命保険で「前人未到」の圧倒的な業績を残した「伝説の営業マン」である金沢景敏さん。営業マンになった当初はたいへん苦労しましたが、あることをきっかけに「売ろう」とするのをやめた結果、自然にお客様から次々と「あなたからサービスを買いたい」と連絡が入るようになりました。その営業手法のすべてを明かした初著作『超★営業思考』はベストセラー化。本記事は、同書では紹介し切れなかった、TBSでADを務めていた頃に、加藤浩次さんから学んだ「職業人として不可欠な思考法」をご紹介いたします(構成:前田浩弥)。
「上司の意向」を、いかに自分の仕事に組み入れるか
仕事の経験の浅いうちは、自分の意向はなかなか通らず、上司や会社の意向に沿って動かざるを得ないことが多くあります。
しかしそこで、「どうせ自分の意向は通らないのだから、上から言われたことをそのままやっていればいい。ミスなくやれば叱られないだろう」と考えるようでは、仕事はうまくいきません。上から言われたことをそのままやっている人の言うことなど、誰も聞こうとは思わないからです。
それを僕に教えてくれたのは、加藤浩次さんでした。
僕は大学卒業後、TBSに入社し、スポーツ番組のアシスタント・ディレクター(AD)として働き出します。ほどなく僕は、出演者にカンペを出す「フロア」というポジションを任されることになりました。
耳にインカムをつけて、スタジオの上の調整室にいる番組制作の司令塔から出される指示を聞き、それをカンペに書いて出演者に伝える。これがフロアの仕事です。そして僕が初めてフロアを任された番組こそ、加藤さんが司会を務める「スーパーサッカー」という番組だったのでした。
裏方とはいえ、番組制作の最前線に立ち、番組の出来を左右しかねないポジションを任された僕は、とても緊張し、「調整室の指示を絶対に聞き漏らすことなく、すべて出演者に確実に伝えなければならない」と考えていました。
調整室の人たちも同じく、「金沢は新人だから、何かやらかすかもしれない。アクシデントが起きないように、厳しく見ておかなければ」と考えているであろうことは十分に伝わっていました。
元プルデンシャル生命保険ライフプランナー AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
1979年大阪府出身。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍。大学卒業後、TBS入社。テレビ局の看板で「自分がエラくなった」と勘違いしている自分自身に疑問を感じて、2012年に退職。完全歩合制の世界で自分を試すべく、プルデンシャル生命保険に転職した。当初は、思うように成績を上げられず苦戦を強いられるなか、一冊の本との出会いから、「売ろうとするから、売れない」ことに気づき、営業スタイルを一変させる。そして、1年目にして個人保険部門で日本一。また3年目には、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織MDRT(Million Dollar Round Table)の6倍基準である「Top of the Table(TOT)」に到達。最終的には、自ら営業をすることなく「あなたから買いたい」と言われる営業スタイルを確立し、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な業績をあげた。2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReebo(アスリーボ)株式会社を設立した。著書に『超★営業思考』(ダイヤモンド社)。
本物のプロは「伝言ゲーム」には付き合わない
それでも、事件は起きました。
生放送のオンエアがスタートしてからしばらく経ち、1分半のCMに入ったときのことです。
CMが終わったら、スタジオで加藤さんを中心にトークする時間が3分間あります。そのトークが終わったら、次はこのVTRが流れる、という構成もすでに決まっています。調整室は僕に、「VTRにスムーズにつながるよう、このようなトークをしてくれ」と指示を出しました。僕は言われるがまま、その指示をカンペに書き、加藤さんに示しました。
しかし、それだけでは調整室は不安だったのか、「カンペだけじゃなく、直接確認してこい」と私に言いました。僕はまたしても、言われるがままに加藤さんに確認します。「わかりました」と了承してくださり、僕は所定の位置に戻りましたが、調整室は「本当に大丈夫なのか? もう一度確認してこい」と声を飛ばします。
僕は渋々、もう一度加藤さんのところに行くと、さすがに加藤さんは怒り出しました。
「お前なぁ! オレのことを信用してないのか!」
当時の加藤さんはすでに、芸歴15年以上あり、スーパーサッカーの司会も4年以上務めていました。実力も、経験も、実績も、プライドもあります。入社1年目の新人が逐一確認にくることに、いい加減、耐えかねたのでしょう。CM明けの3分間。加藤さんは、調整室の指示とはまったく違う話をしました。
「どうなってるんだ金沢!」「話が全然違うじゃないか!」。調整室は怒りまくり、声を荒げます。しかし僕は、そのような声に動じないほどに、加藤さんの話に聞き入っていました。話がめちゃくちゃ面白かったからです。そしてピッタリ3分後、加藤さんはきれいにVTRに関係する話をして、流れをつなぎました。
「スーパーサッカー」は、加藤浩次の番組なのだ。加藤浩次がいかに楽しく、嬉しく、気持ちよくしゃべるかが重要であり、それを視聴者も楽しみにしているのだ。このとき僕は、そう実感しました。
調整室からの「伝言役」をミスなく務めようと考えていた僕は、この一件を機に考えを改め、「加藤浩次が気持ちよく話せるよう、いかに場を調えるか」「調整室の意向をいかに自分の中で汲み取り、加藤浩次が気持ちよく話せるように伝えるか」と意識するようになりました。加藤さんとも阿吽の呼吸でスタジオ進行もできるようになり、徐々に信頼関係が深まっていきました。
本物のプロは、「伝言ゲーム」には付き合わない。その場にいる人たちの意図を汲み取りながら、どうすればチーム全体のパフォーマンスを最大化できるかを自分の頭で考えることこそが、仕事の本質なのだ。――このことを、僕は加藤さんに学んだのです。
「求められているであろう役割」を感じ取り、果たす
もうひとつ、加藤さんの「プロ意識」に助けられたことがあります。
仲良く会話できる間柄になった僕に、加藤さんは「このお店、いい店だから今度行ってみな」と、ある中目黒にあるジンギスカン屋さんを教えてくださいました。
数日後、僕はそのお店に、お付き合いできたらいいなと考えている女性を連れていきました。これが、のちに妻となるその女性とお付き合いする前、それも初デートの食事となります。
その初デート当日。なんとそのお店に、プライベートの加藤さんも偶然、居合わせたのでした。
「おっ! お前、来たのかぁ!」と嬉しそうに声を掛けながらも、僕たち2人の空気を察した加藤さんは、僕をイジりながらも、要所要所でしっかりと持ち上げ、女性が僕にいい印象を持つような空気をつくってくれました。
そして、僕が当時社会人アメフトリーグで現役としてプレイしていることを話題に出し、「コイツのアメフトの試合、見たことあるんですか?」と女性に問いかけます。「ないです」と女性が答えると、加藤さんは「お前、今度いつ試合あるんだ?」「その日、空いてるんですか? 見にいかれたらどうです?」と、女性がアメフトの試合を応援しに来てくれる約束まで取り付けてくれました。
僕たち夫婦にとってのキューピッドは紛れもなく、加藤さんです。
結婚式にはVTRで登場してくれ、「この夫婦は美女と野獣どころじゃない。美女とジャガイモだ」という会場が大爆笑する素敵なメッセージまでくださいました。
エンターテインメントのプロは、舞台の上に立っているときや、テレビカメラが回っているときだけ人を楽しませるのではない。たとえプライベートでも、自分が求められているであろう役割を感じ取り、誰かのためにその役割を精一杯演じるものなのだ。
社会人として間もないころ、加藤さんに教えてもらった「仕事の本質」と「真のプロ意識」。TBSを退社して、プルデンシャル生命で営業マンとして汗をかいたときも、その後、独立し、会社の社長となった今も、僕はずっと大切にしています。
(著者・金沢景敏さんの思考法を詳しく知りたい方は『超★営業思考』をご一読ください)