オランダで畜産農家が大規模デモをした理由

 2019年10月、オランダで数千台ものトラクターが、主要都市ハーグを中心に高速道路を封鎖した。その結果、オランダ中の高速道路で総長1000キロメートル以上の異常な交通渋滞が発生。街の機能は麻痺した。トラクターを運転していたのは、畜産農家だった

 オランダは、国土が小さな国で、農地面積は日本のわずか約4割しかない。それなのに世界有数の農業・畜産国で、農業関連輸出額はアメリカに次ぐ世界第2位を誇る。特にチューリップや野菜、チーズなどの乳製品は世界的にも有名だ。デジタル技術やAIも積極的に採用しており、生産性が抜群に高い。オランダの農地は国土全体の55%(牧草地含む)を占めるほど、国内経済を支える産業となっている。

 当時オランダでは、大気汚染対策のために、農業と畜産業で窒素排出量を削減する政策が政府で検討されていた。特に課題視されていたのは、家畜牛の排泄物だった。国家公共衛生・環境研究所(MIRV)は、オランダ国内の窒素化合物(NOx)排出の46%が農業・畜産業によるものと分析し、そのうち牛の排泄物が約9割を占めると報告していた。

 そのため、まだ政策議論の途中ではあったが、2019年9月9日には家畜の数を半分に減らすという案も出ていた。提案したのはオランダ緑の党や社会リベラル政党D66で、まさに環境NGOが支持している政党だった。これに畜産農家が反発した。なぜ自分たちが悪者扱いされなければならないのかと。

 トラクターによる道路封鎖行動は、2019年10月1日の午後に一旦落ち着くが、10月14日から10月17日にかけ再び、オランダ全土で抗議活動が再燃。オランダ全土の高速道路がまたもや麻痺した。そして最終的に政府は、家畜の半減策を検討しないと公表した。

 その後もオランダではたびたび畜産農家による抗議行動が発生している。直近でも2022年6月10日に再度、大規模な道路封鎖が発生した。争点はやはり窒素化合物の排出削減だった。今度はEU全体で大気汚染を大幅に削減することが決まり、オランダ政府は2030都市までに窒素化合物排出とアンモニア汚染を50%削減する政策を提案。そして政府は、オランダの畜産農場の30%が閉鎖される必要があるという試算を伝えた。

 畜産農家はまたしてもこれに大きく反発。今回の抗議活動は長期化しており、本書を執筆している22年8月上旬時点でまだ事態は収束していない。さらに畜産農家だけでなく、他の農家や漁師までもが抗議活動に加勢。飛行機、自動車、建設業からも窒素化合物は出ているのに、なぜ自分たちだけが狙い撃ちにされるのかと憤った。畜産農家たちは、もし改革を進めるのであれば、政府は改革の方向性を明確に示すべきだと訴えた。