デジタルイノベーション研究の第一人者が語る、「中小企業DX」成功の勘所

知識や経験が豊富な一握りのデジタル人材や天才的なひらめきを持つ特別な人だけでなく、デジタル技術を適切に活用することで誰もがイノベーションのチャンスを生かせる工学的な手法について先駆的な研究を重ねてきた、北陸先端科学技術大学院大学の内平直志教授。中小企業のデジタル活用の動向にも詳しい内平教授に、デジタルトランスフォーメーション(DX)成功の勘所やデジタルイノベーションを実践するための具体的なステップについて、解説してもらった。(取材・文・撮影/田原 寛)

スティーブ・ジョブズがいなくても、
イノベーションのチャンスを生かせる

――内平先生は大企業、中小企業を問わず、また業種の違いにかかわらず、IoTや人工知能(AI)を活用してイノベーションを実践する方法を研究しておられますね。

内平直志(以下、内平) 元々は民間企業の研究所でソフトウェアの設計技術を研究していました。かつてのソフトウェア設計は属人的で、一部の達人が作っていた時代がありました。このため生産性に大きな課題があり、1960年代には「ソフトウェア危機」が叫ばれました。

 70年代に入ると、属人性に頼らず誰でもソフトウェア設計ができるようにしようということで、各企業の研究所を中心にソフトウェア工学の研究が進みました。私も以前は、達人でなくても品質の高いソフトウェアを効率的に設計できるツールの研究開発をしていました。

 しかし、良いソフトができても、それが良いサービスにつながり、ビジネスとして成立しないと企業としては意味がありません。そこで、サービスデザイン、ビジネスデザインの研究が盛んになり、さらにはイノベーションデザインへと発展していった経緯があります。

 今や中小企業でもIoTやAIなどのデジタル技術を簡単に使える時代になりました。それを生かさない手はありません。ですから私は、中小企業を含めて、デジタル技術を活用したビジネス、さらにイノベーションを誰でもデザインできるようにするための研究に取り組んできました。デジタル技術を適切に使えれば、(アップル創業者の)スティーブ・ジョブズのような特別な人がいない企業でも、イノベーションのチャンスを生かせるからです。

デジタルイノベーション研究の第一人者が語る、「中小企業DX」成功の勘所内平直志(うちひら・なおし)
北陸先端科学技術大学院大学教授・知識科学系長 トランスフォーマティブ知識経営研究領域長
東京工業大学博士(工学)、北陸先端科学技術大学院大学博士(知識科学)。東芝研究開発センター次長、技監などを経て、2013年より北陸先端科学技術大学院大学教授。専門はソフトウェア工学、サービス科学、イノベーションマネジメント。2020年、経済産業省「DXの加速に向けた研究会 WG1」委員。著書に『AIプロジェクトマネージャのための機械学習工学』(共著:科学情報出版、2023年)、『戦略的IoTマネジメント』(ミネルヴァ書房、2019年)、『デジタル・プラットフォーム解体新書:製造業のイノベーションに向けて』(共著:近代科学社、2019年)など

――内平先生が開発された、デジタルを使ったイノベーションデザインの方法論について解説していただけますか。

内平 まず、イノベーションデザインとは何かを定義しておくと、「イノベーションを実現するための工学的な設計手法」です。つまり、イノベーティブな製品・サービス、ビジネスモデル、およびそれらをビジネスとして持続・発展させるためのプロセスを設計することです。それを実現するために必要な視点やチャート(フレームワーク)、手順を提供して、個人の暗黙的なスキルに過度に依存することのない設計を可能にし、設計した結果を関係者が共通して理解できるようにします。

 デジタル技術を使ったイノベーションデザインを行う場合、デジタルトランスフォーメーション(DX)に特有のチャンスと困難があります。チャンスは大企業だけでなく、中小企業や自治体などさまざまな組織に広がる一方、例えば、「既存の業務が優先され、DXに割く時間がない」「投資に対するリターンが説明できない」「経営トップやDX推進部門の意向が業務部門に伝わらない」といった困難が、多くの組織に共通して見られます。

 そこで、DXの困難を乗り越え、チャンスを生かすために、デジタル時代のイノベーションデザインの手法として発展させたのが、「デジタルイノベーションデザイン」です。