ウクライナ侵攻は
ロシアにとっても「破滅的」だ
米スタンフォード大学フーバー研究所シニアフェロー兼、同大学フリーマン・スポグリ国際問題研究所(FSI)モスバッカー・シニアフェロー。スタンフォード大学の政治学・社会学教授でもある。フーバー研究所の台湾プロジェクト責任者。FSI「民主主義・開発・法の支配センター」で所長を6年以上務め、現在は同センターのアラブ改革・民主主義プログラムを率いる。専門は、世界の民主主義の動向と民主主義を守り高めるための政策・改革。『侵食される民主主義:内部からの崩壊と専制国家の攻撃』(上下巻、勁草書房、市原麻衣子監訳)、『In Search of Democracy』(仮題『民主主義を探して』未邦訳)など、著書多数。 Photo by Rod Searcey
ダイアモンド 例えば、ベラルーシのルカシェンコ政権との関係が好例だ。2020年8月、ベラルーシで行われた大統領選挙で(親ロシアの)ルカシェンコ大統領が勝ち、不正を訴える大がかりな抗議デモが起こった際、プーチン大統領は国境周辺に治安部隊を派遣し、同政権を守った。
また、2008年8月には、ジョージアの南オセチア紛争をめぐり、ロシアは、ジョージアからの独立を目指す南オセチアを支援すべく、ジョージアに軍事侵攻を行った。
西側諸国が後押しすべきなのは、ウクライナにとどまらない。自国の完全な主権を望む国々や、ロシアと敵対するつもりはないがロシア政府の属国になる気もない国々も、支援すべきだ。
著書(下巻第11章「自由のための外交政策」)でも書いたが、かつて存在した米国の政府機関で現在は国務省に統合されている米国情報局(USIA)が行ったような、エネルギッシュで創意に富み、民主主義を推進するための大規模でポジティブな情報キャンペーンを繰り広げるべきだ。
そして、ロシアに向けて、こう発信するのだ。「イエス、ロシアも『再び偉大な国』になれる。国内の科学的・技術的人的資本を破壊的目的ではなく、イノベーションというポジティブな目的のために使うのであれば」と。
――第6章で、1991年のソビエト連邦崩壊は大半のロシア人に「近代化や西側との統合ではなく、貧困と国家の屈辱」をもたらし、それは、世界大恐慌が米国経済に与えた打撃を大きく上回るものだったと指摘していますね。
そして、そこに現れたのが、ロシアを「再び偉大な国にする」と誓った新指導者、ウラジーミル・プーチン氏だったと。プーチン大統領は独裁政権の指導者ですが、彼も一種のポピュリスト(大衆迎合主義者)といっていいのでしょうか。
ダイアモンド プーチン大統領がロシア経済の回復に取り組み、1人当たりの国民総所得増などで、経済がある程度持ち直したのは確かだ。その結果、ロシアは国際舞台で再び力を誇示するようになった。「再び偉大な国に」とまではいかなかったとしても、少なくとも国家機能を取り戻し、再び世界の大国の座に返り咲いたのだ。
だが、彼は、「ロシアを再び世界の超大国にしたい」という野心と欲望に取りつかれる一方、国内の課題を前に疑心暗鬼に陥った。そして、自国の独裁体制や汚職から国民の目をそらすべく、2014年にウクライナのクリミアを併合し、親ロ派を支援して東部ドンバス地方の大半を支配下に収め、2022年2月にはウクライナに「破滅的な戦争」を仕掛けるという、国際的な侵略行為と領土拡大に走ったのだ。
ウクライナのインフラ施設破壊や驚くべき数の死者数、戦争犯罪、大規模な人権侵害に加え、経済制裁や国際的な孤立でロシアを破壊へと導いているという意味でも、まさに「破滅的な戦争」といえる。
そして、これは中国と台湾の問題を想起させる。絶対的な権力を手にすると、誰もその指導者に進言しなくなることは歴史を見てもわかるが、中国も同じだ。私たちはウクライナ問題だけでなく、台湾に迫りくる難題にも直面している。
――欧米や日本を含めた西側諸国は、ロシアのウクライナ侵攻を受け、厳しい対ロ経済制裁を続けています。一方、第11章にはこう書かれています。「ウクライナほど、民主主義にとって戦略的に重要な国は考えにくい」と。
ウクライナは、ロシアと欧州連合(EU)の間に位置する「最大の独立国」であり、その人口はロシアのほぼ3分の1に匹敵するそうですね。民主主義にとって、なぜウクライナは戦略的にもっとも重要な国といえるのでしょうか?