豊田章一郎氏Photo:JIJI

トヨタ自動車の名誉会長で、経団連会長を務めた豊田章一郎氏が14日亡くなった。豊田氏は同社創業者の長男で、1982年に社長に就任。米国など海外での現地生産を加速させ、トヨタを世界有数の自動車メーカーに発展させた。ダイヤモンド編集部はバブル崩壊直後の「超円高」の難局にあった約30年前に、豊田氏を直撃している。トヨタの総帥は難局にどう経営のかじを取っていたのか。「週刊ダイヤモンド」1993年7月17日号の豊田氏のインタビューを再掲する。(ダイヤモンド編集部)

※「週刊ダイヤモンド」1993年7月17日号のインタビューを基に再編集。肩書や数値などの情報は雑誌掲載時のもの

「急激な円高は困る」
海外移転「考えもの」

――異常な円高(編集部注:1993年1月の1ドル=125.01円から同年8月には103.71円まで円高が急伸した)ですが程度・スピードの問題を含め、どうお考えですか。

 それはもう、決まり文句になるけど、急激な円高は困ると。それと現在の106円というのは、日本の経済の実力に比べてもちょっと高すぎると思います。

 ゴルフのハンディに例えるなら、まぐれでいいスコア出たからパッと上がることはあるかもしれないが、実力の値というのは、何回もやっているうちに出てくる値でしょう。そういう意味ではだいぶ行きすぎています。

 それから長期的な、10年のトレンドで見ると確かに円高傾向が続いていますが、円に対して今ドルは下がりすぎている。為替レートは相対的な問題ですから、このままドルが下がり続けていくとは思えません。日本の基礎的な力からいくと円はむしろ「弱く」なりつつあるというのが僕の実感なんです。

――だがこの円高では、拠点を海外に移すことを続けるしかない…。

 どうですかね。あまり移すのも考えものじゃないですか。

 私どもは輸出産業だから、円高へのリスクヘッジは海外生産で行ってきた。すでにかなり海外に移しましたが、移した分、きちんと稼働するようにしなくちゃならない。

 それと今、手掛けている工場もだいぶありますしね。北米ではケンタッキーが倍に増えるし、イギリス、パキスタン、トルコ、タイ、台湾にも造る…という感じなので、もうこれでいいところかなと思っていますよ。これ以上海外にシフトしていったら、国内が空洞化してしまいます。

――海外生産が増えると、国内の生産能力は減ることになりますか。

 やはり減ります。輸出が減るし、国内で売れなければ国内の生産量が減る。ですからやはりこれ以上の海外シフトは好ましいことじゃないわけで、日本は景気を浮揚させ、内需を喚起していかないと、という話になっているんですよ。

――だけど肝心の景気が回復しない。

 いや、それはやはり政府にも手を打ってもらったし、少しずつよくなってきたんじゃないですか。公共投資が増えて建設業もよくなり、銀行もよくなって、株もだいぶ戻してきた。円高メリットの出ている企業もある。

 ただし、自動車はまだです。自動車や家電はほかの産業より回復が遅れるものなんですよ。

 でもまあ、この回復基調が浸透してくれば、年末くらいには自動車もよくなるだろうと思います。またよくならんと困りますわな。アメリカでも景気の指針は、自動車の販売台数とか住宅の着工数といかいわれてますからね。

――日本には貿易黒字という問題もありますが…。

 貿易黒字は減らそうということになってますが、これはわれわれ製造業が受ける試練であってね。

――トヨタも部品などを含めた輸入額を、相当増やしていますよね。

 いや、増やしているというか、これは計画どおりやっているんです。というか、計画を上回ってしまうのは無理なんですよ。今は大体、計画よりも売り上げが減っていますからね。で、国内での販売台数が減ると部品などの輸入額も減りますから、そうならないようにしたいと思っている。

 自分で目標を決めたんだから、できる限り目標はクリアしたいと思っているんですよ。そういうことを積み重ねていって、海外とも信頼関係をつくっていこうというのが僕の考えなんです。そうしないと、外国が日本を信用してくれないですからね。

――景気低迷によって、消費者の志向はかなり変化しましたか?

次ページでは、消費者の志向の変化に自動車メーカーはどう臨むべきかを豊田氏が語っている。同氏は世界中のユーザーからの手紙に直接目を通していると明らかにした上で、自らユーザーの“声”を直接聞く理由について解説する。また、当時見直しが進んでいた日本人の働き方についても持論を展開する。勤勉のイメージが強い当時のトヨタにあって、自身は「余暇をエンジョイしている」と語る。