「わしには哲学や思想といったものはないんだよ。これまでずっと井深さんの思想を実現することだけをやってきたんだから」

 井深さんはその場にいないから、お世辞のたぐいではない。いつものように笑いながら話していたが、自分に哲学なんてないとキッパリ言い切ったのが印象に残った。本心かもしれないと思った。

 盛田さんが語ってきたのは、たしかにビジネスの戦略、戦術だった。井深さんのように思想めいたことはほとんど口にしなかった。

 盛田さんの精力的な活動は、すべて井深さんの思想を実現するため──そう考えると、合点がいくことは多い。

 もちろん、盛田さんにも哲学なり、思想なりはあったはずだ。海軍時代は「戦争に勝つ」という明確な価値観があっただろう。

 しかし私がソニーに入社した頃は、「井深イズム」に則ってビジネスに邁進する盛田さんになっていた。

思想の井深、実行の盛田――「二人で一人」の唯一無二のパートナー

 世間でよく言われてきた「技術の井深、販売の盛田」という役割分担は正確ではない。井深さんが学生時代から有名な発明家で、天才的な技術者であったことは間違いない。しかし盛田さんは、優秀な営業マンでもなければ、優秀な経理マンでもなかった。

 ソニーと同じ戦後ベンチャーであるホンダの場合は、たしかに「技術の本田、経営の藤沢」だったかもしれない。藤沢さんは本田さんの人柄や技術力に惚れ込んでいたとしても、世界に「本田イズム」を広めようとまでは考えていなかっただろう。

 ソニーの場合、「思想の井深、実行の盛田」と説明したほうが私にはしっくりくる。

 製品だけでなく、事業や組織についても、井深さんのコンセプトがいつも先にあった。井深さんの「自由闊達にして愉快なる理想工場」を最も深く理解し、実現していったのが盛田さんということだ。

 ビジネスは、高邁な理想だけでは成り立たない。従業員が食べていくために、泥臭いことや際どいことにも手を出し、駆けずり回ることもある。

 私は「井深は胸から上、盛田は胃袋から下」と表現することがあるが、胃袋の上と下があってはじめて一人の人間といえるように、両方が合わさってソニーという組織は成立していた。まさに「思想の井深、実行の盛田」という二人三脚で伸びた会社だった。